マスター☆ロッド げいんざあげいん

第五章 プロローグ


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 今日この時、人類はこの世界を荒らす魔王トールという存在に対して大きなアドバンテージを手に入れた。故郷を救済し終えた単独討伐許可証の持ち主、アキ=カーマインとリアラ=セイグン。彼女らのその類い希なる魔法の才能がこの人類の大きな一歩をたぐり寄せるに至る。

 アキ=カーマインの『一期の扉』が、かの魔王の本拠地である魔都ヴィンランドルへのショートカットを成し、リアラ=セイグンが生み出す『源なる水面』から出でる万能の水龍が、その周囲を警護しその場を橋頭堡と化す。そして扉の機能と龍の守護は、たった数ヶ月でその場を強固な対魔王の砦へと変貌をさせる。

 空間を超越して運び込まれる大量の物資と人足により、そこは最前線にはあるまじき巨大な城へと変貌し、そのまわりは深く巨大な堀で埋められ、リアラが生み出した水龍がうねるように棲んでいるのだ。

 こうして、人間側は対魔王の居城まで安全かつ即時性のある兵站線を確保できたと言って良いだろう。当然の如く、アルバを中心とした大陸東側の人間達は大軍団を編成し、魔都ヴィンランドルへと大攻勢をかけたのだが……。


『あ、おにゃの子以外は絶対入れなから。何をやっても絶対だめ、何をしてもダメ。神様が許しても俺が許さない。リアラちゃんとアキちゃんの魔法を使っても無理だよーん。ダメ、絶対』


 という、身も蓋もないお巫山戯にとんだメッセージと、まさにその内容通りの訳が分らない異次元の強度を誇る壁に、選りすぐりの兵士達はにべもなく跳ね返されてしまったのだ。王国側の人間連合は選択を迫られる。

 このまま橋頭堡を維持し、対峙をし続けるか、
 あの魔王相手に女性で固めた軍団を送り込むか、

 結論として、連合側は決断できなかった。なぜなら、その前にもう一つの勢力。この大陸の最大宗派である十字聖教会が動いてしまったからだ。神聖なる主神の加護を受けた聖なる剣を掲げ、清らかなる乙女のみで構成された戦乙女達の一個小隊。その特性は聖なる剣に祈りを捧げる事により神託なる未来予知と加護なる絶対防御を備えた、威力偵察から拠点防御に加え、教えの敵を葬る十字聖教会の最終兵器である。

 その対応力の高さから多対一の戦いを最も得意とする独立遊撃部隊、

 小隊名を「神の側に添う物達《セトラ=サテラ》」

 黄金の剣を持った十二人の乙女達が、この前線拠点へと到着する。

 かの隊の隊長の名はリヴェリタ=アーカス。聖十字を刻んだ鎧に美しい黒髪をなびかせ、今も邪悪な臭気をまき散らす魔都と化したヴィンランドルを厳しい目で見据えた。

「――姫様、どうかご無事で」

 変わり果ててしまった故郷の都を見据える彼女の瞳には、様々な感情が渦巻いていた。アーカス家はかつてのヴィンランドル王国にて王族の警護を代々任されている騎士の一族であった。

 王家に忠誠を誓うように幼い頃から厳しく仕込まれた彼女は、後にとある低位の王位継承権の姫に護衛騎士として付けられる。だが、その姫の立場は実に危うい物であった。政治に利用され、変態貴族には目を付けられ、このままで幼い身にて言葉に出すのもむごい仕打ちがこの小さな心と体に襲いかかってしまうことであろうと。

 だがリヴェリタは彼女を救うことはできなかった。そう、彼女の家もまた、厳格なる王国のルールに組み込まれていたからだ。彼女が仕えるのは王族にであって姫個人では無い。姫に仇成す何かが同じ上位の王族であるのならば、彼女の守護は働かない。そのようにリヴェリタは仕込まれていた。それでも、それでもリヴェリタという少女は年相応ながら、自分の役目に許された範囲内でかの姫の慰めとなっていたことは間違いない。間違いないのだが。

 リヴェリタ=アーカス自身ははその事をずっと悔いていた。その程度しかできなかった過去の自分を。ただ、傍観するということに毛が生えた程度のことしかできなかった自分を、悔いていた。

 年も近く、姫の不遇さに哀れみを、そして悲しみと諦めを感じながら彼女は人生を送っていたが、この国で起きた二度の異変で彼女の人生は大きく変わってしまう。

 一度目は、まるで何か異常な力が働いたかのように、王国内が統制され、自らの主がヴィンランドルの実質の頂点となった時。
 二度目は、王国崩壊のきっかけ。その主が自分以外の手勢を連れて、とあるダンジョンへ攻め込んでいった後の悪夢である。

 リヴェリタはずっと悩み続けていた。自分の主が人が変わったようになった時、いや正確に言えば状況は異なる。

「そう、あの時ローラ様が変わったのでは無い、まわりの、あらゆる周囲の人間達が変わってしまったのだ」

 だが知るよしも無いであろう。主あるローラの支配者の剣に貫かれて、そのリヴェリタ自身もその影響を受けてしまったことに。

 だが、実はローラにも彼女にも誤算があった。ローラの誤算は、リヴェリタを貫ぬいても彼女の行動や思いは何一つ依然と変わらなかったことである。彼女は支配される前も後も変わらず、不遇で困難な運命におかれたローラをずっと不憫に思っていたのだ。

 そうリヴェリタは当人の記憶は無いが、彼女はローラに真正面から支配の剣で貫かれた。

 だが、その瞬間でさえも。
 リヴェリタは、ローラを恨みもしなかった。
 この不憫な姫がようやく楔から解き放たれるのだと、彼女の幸せを願った。

 それが、

 その融通の効かなすぎる思いが、

 いや祈りと言おうか、

 呪いと言うべきか。

 それが二つ目の誤算に繋がる。

 全世界へ向けた遠視投影で魔王とやらに犯されているローラを見てしまったリヴェリタの中で、ある強い感情が目覚てしまう。その荒れ狂うような不確かな精神の揺らぎに当てられたのか、彼女の中に存在していた支配者の剣の残滓が蠢き、動き出す。確固たる意思を持って。それは彼女の歪な祈りとも言うべき、呪いとの言うべき思いを吸い取り、形にし、

 ――リヴェリタ=アーカスの中で支配者の剣の二株目を生み出した。

 混乱きわまる王都の騒ぎの中、女を逃がさぬ絶対の結界を、リヴェリタは小さく切り裂き、難を逃れる。

 いったい何のために?

 ――願いを叶えるためである。

 何を叶えるために。

 ――そんな事は決まっている。

 この剣は、そのために生まれたのだ。
 自分の心の裡で。

「ローラ様、ただ今リヴェリタが参ります、参りますから」

 八年間伏して、鍛えて、待って、ようやくこの時が来たのだと。今や十二本にまで増えた支配者の剣の第三世代の株分けと共に、リヴェリタ=アーカスは魔都の門をくぐる。


 そんな様子を、ローラとトールはいつも通り遠視投影で見ているのだが、

「ねぇ、トール様」
「なんだい、ローラちゃん?」

 八年前と変わらぬ幼く愛らしい容姿ながら、驚くほど大人びた物憂げな表情を浮べて、ローラは呟く。あの懐かしき、友人のことを。あの頃の雰囲気をそのままに、美しく育った自分の護衛騎士を。

「あの子……」

 そして一拍。

「――絶対アナルが弱いわ」

 わはは、うふふ、とトールとローラが響く笑い声、そんな事情も知らずリヴェリタ率いる一二人の乙女達は、魔都を囲むダンジョンへの奥深くへと進んでいくのであった。

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