マスター☆ロッド げいんざあげいん

第一話 魔王トールと十年後(プロローグ) 


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「今の世は平和ではあるが安らかではない」

 これは後世にこの時代の大賢者と呼ばれたカイル=ヴァトグリフトの言葉である。

 彼の言葉はこの様に続けられる。世界の歴史はそのまま人類の進歩の軌跡そのものといってよいと。そして進歩とは、争いの中で芽吹き、動乱の中で育まれ、そして花開いてき続けたものなのだと。

 大陸に存在する6つの王国の内上位に入る2大国が、あの名伏しがたき黒に飲み込まれてしまいながらも、200年という長い歳月において正邪の均衡が保たれたこの時代。

 ――おそらく、おそらくではあるが。人類側とそれに仇成す勢力との争いで、自滅の様な特攻を除きただ一人の死者もでなかったこの時代。


 人々は怯えた。
 恐れ、おののいたのだ。


 自分の愛する人の乳首がいつの間にかえらく感じるようにされてしまっていたり、
 愛娘がどこの馬の骨ともしれぬ輩の一物を握らされ悔しそうな顔でぶっかけられたり、
 何も知らない貞淑な妻が、後ろの穴を小指の先で突っつくだけで雌の顔になるように開発されてしまったりしないかと。


 酷く具体的で方向性が偏った恐怖と不安に怯えているが、事実どうしようもないのだ。ここ数年で世界はもの凄いスピードで変わってしまった。いや変わらざるを得なかったのだ。

 よくわからない仕組みで動くカード型概念型通信装置「Tカード」により世界中でリアルタイムの双方向通信が可能になったり、「DENCHI」というものをはめ込めば動く様々な「KIKAI」という動力を利用することで生活も一変した。さらに映像を記録することができる「DVD」という平たい水晶が普及し、応用されることにより第一次産業は大規模化し、第二次産業は大量生産を可能とし、娯楽などの第三次作業の発展が後押しされる始末である。

 豊かになったのだ。

 そう、人類は豊かになったのだ。
 経済の規模が拡大し、仕事が増え、身の回りの生活が便利になり、余った時間がより新たな発想が生まれ、また新しい別の仕組みが革新的なモノを、新たな才能を生んでしまう。


 あの男が、――あの魔王が新たな女を犯すたびに。


 彼の魔王がその侵攻を二国で止めたのも絶妙であった。王国側と魔王側の境界線が明確化され、ある意味均衡が整えられたのである。残された4王国は当然対魔王を目的に一丸となった。そんな中、一つの契機は勇者ハルマ=ウイングステンが果敢にも魔王に挑み、そして敗れ去ったという情報と、魔王に捕らわれた人間達は生きているという情報が出回った。その情報はとても信頼性の高い人物からもたらされた。そう、その情報を持ち帰ったのは魔王に挑んだ勇者ハルマとその仲間達の口から出た情報だったからだ。


 そりゃ女子限定でいろんなことはされてしまったが、ちゃんと正気を保っており、「Tカード」を使えば連絡を取れたりもする(※)。そして、死んだ、酷い目にあった身内が生きているとなれば連絡を取りたくなるのが親族の心情であり、彼らは否応なく魔王領産の不思議ツールを使わざるを得なくなってしまった。当然その便利さに気づく者もいれば商売に繋げる者もいただろう。結果彼らは魔王領と人類王国を経済的に結ぶ架け橋になってしまった。

 世界が、文明が加速する。いや、加速せざるを得ない。

 魔王領に近寄らなければ、攻め込まなければ痛い目は見ない。
 一方、人類を豊かにする不思議ツールが次々と普及していく。

 それから十年。いやたった十年で、いつしかこの広大な大陸は西側三分の一魔王領と東側の人類王国連合という形で再編成されてしまった。

 魔王が犯す女の悲鳴も、まるで遠い世界の絵空事。

 だが、人々は表向き目を背けているだけなのだ、毎月更新され、店頭に並ぶ徹印のアダルトDVD。不思議な水晶があれば見れる映像配信サービスXちゃんねるで配信されているアダルト映像。出演者は決して娼婦などではない、――この世界の女達。

 いつかどこかで、見知った名前を、顔を見てしまった者だけが、その可能性に気づいた者達だけが、今日も魔王へと立ち向かい、敗れ犯され、歪んだサイクルが回転していく。

 魔王の名前は新井徹というサラリーマンであったが、今や誰もその名で呼ぶことはない。


 魔王トール。


 自国の陵辱はもちろん、需要(かわいい子)があれば出張も厭わない、実に仕事熱心な男である。


 ※注釈「Tカード」:徹君が電話越しにバック突かれている彼女の喘ぎ声を彼氏に届けてあげたいという需要を元に作られたカード。元は勇者ハルマの支配者の護符。

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