稲本竜一ことリューイ=コトブキはこの15年間の転生人生で違和感を感じていた。前の現実世界ではクソな人生だったが知識や経験は役に立ち、リーダーのように参謀のように周りから重宝されてきた。彼が生まれた時には持っていたといわれる黄金の槍は、傲慢な貴族の魔法だって成金商人の卑劣な武器だって跳ね返してきた。
竜一は思う。前世は友達なんていなかったけど、この世界では正統派美少女の明るく元気なリアラと、ちょっと言葉遣いが悪いが友達思いの眼鏡少女アキという本当の自分を解ってくれる仲間もいる。この俺と槍は無敵なはずだと。
彼はこの15年間ずっとそう信じて研鑽してきたのだ。もちろんそこらの大人の兵士にだって負けてはいないし、王族の近衛騎士にだってこの前試合をして引き分けた。若い分伸びしろはまだまだあるだろうとリューイは世の中では評価されており、勇者襲名も近いと噂されている。彼は今世の中で疎まれている魔王を倒すのは自分の役目だと思っているし、その仲間を集めるためにリューイは今回このアルバ王立魔法学園に仲間と入学したのだ。
さて、彼の仲間のリアラとアキの二人はお互いが同郷で育った幼馴染みであり、王立魔法学園へ入学したのはそれぞれの理由がある。魔王を倒すこともその一つではあるのだがリアラとアキの二人は故郷を救うための手段を求めての入学でもあった。
彼らの故郷であるシャミルの町は大陸東の北側中断に位置をしている。シャミルは地下資源が豊富で様々な鉱石がとれる町でもある。しかし、水源となる山や森があるわけではなく、周囲は岩と砂のみが広がる荒野よりも酷い荒廃地といってもおかしくない土地であった。鉱床はその全てが地下にあり、たまに地下水脈を掘り当てても泥にまみれていたり金属が混じっていたりする案配である。
町の中心には唯一の水源であるわき水から派生した淡水の湖(といっても池に近い)があり、なんとか少数の村人と鉱石を堀に来る外来の労働者が生活を築けるだけのシャミルという拠点が維持されていた。
ところが、である。
そんな水場の水位が年々下がり始めたのだ。
魔王領からはるか遠いこの地では魔王の脅威よりも水源の危機死に直結する危機である。そんな中リューイがこの町を訪れ、彼が持つ槍で地を貫き、地下水脈を掘り当てて新しい水源を確保することができたのだが、その水源も少しづつ水量が減ってきている。シャミルの町は豊かな町ではない。最小限の規模で維持され貴重な鉱石と交換することで粛々と運営されてきた。当然他の町へなど引っ越しても稼げる手段は限られている。この町を救う解決策は、新たな産業を興し、富と水を交換するか、水源自体を手に入れるしかない。
そんな状況の中、この町にまで魔王領産の便利道具の話や王国が連合を組み戦力を整えているとの情報が舞い込んでくる。
幸いにして魔法の才能があったリアラは水の魔法でなんとかならないかと思い町を離れることに決めた。
アキは魔王領の近くまでいける強さを身につけ、魔王の便利道具を手に入れ新しい商売にしたいと考えた。
そして、リューイはそんな二人の護衛をしながら、思いを馳せていた。
この二人の健気な思いを叶えてあげたい。
心の底からそう思っている。
リューイ=コトブキの奥底にいる稲本竜一は心底、そう思っている。
できることならば自分の、この槍の力で。
この二人を、満たしてあげたい、と
与えて、持たせて、贈って、叶えて、
希望も夢も願いも全部満たせば――、きっとこの二人は自分を愛してくれるだろう。
自分と同じように、差し出して、尽くして、慈しんでくれるだろう。
この俺に対して、リューイという存在に対して。
あわよくばきっとその可愛らしい胸もお尻も唇も、思いのままにさせてくれるだろうと。
稲本竜一であったころ彼は友達と呼べる人物がいなかった。故に人との接し方が未だ未熟でありその未熟さゆえに生まれた暗く歪んだ、思考と性癖がこれである。2度目の人生、今度は失敗したくない。そんな彼の魂の叫びに今日も槍が応える。
「支配者要求――」
「――万能運命打破」≪我が道に立ち塞がるな≫
アルバ王立魔法学園入学試験、召喚された巨大モンスターの中心を黄金の槍が貫き通す。
うなる審査員、喝采の教師陣。リューイ、リアラ、アキの3人はこの戦闘試験結果も相まって好成績で試験を突破する。
「どうよ!! ――リアラ、アキ!! お前らもう俺に抱かれてもいいんじゃない?」
とのたまうリューイに、
「はいはい、アンタ決めポーズやらご託はいいからしっかりと止めを刺しなさいよね?」
と、アキが冷めた目線でボウガンに装填された矢をモンスターに向けて放ち、
「あはは、そうだねぇ、うーん、リュー君の背中をお風呂で流すぐらいなら?」
と、水の盾で防御に徹していたリアラははにかむように微笑んだ。
「マジ?、いっしょにお風呂? やったー」
という、リューイの言葉に、二人は揃ってにこやかに靴の裏をリューイの顔面に打ち込んだのは、すぐのことである。
「い、いえーい、パンツ、いただき、――ぐはぁああああ」
リューイが靴底を嘗めつつも満足そうな声で、親指を立てる。
その瞬間二人は顔を赤くしてスカートの裾を押さえるのだが、そのまんざらでもなさそうな二人の表情に、
(故郷を一時的に助けて、彼女らの入学を助けるために護衛して、パンツを見られても蹴り一発で、済む関係か……、それなら故郷を完全に助けて、願いを叶えたら……)
リューイは満足げに意識を手放すのであった。
だが稲本竜一は大きなことを忘れている。彼の考え方はあくまでも彼の理論を彼女たちが理解をしている前提であることを。それは難しい話であろう。この関係の破綻は既に約束されている。しかしである。彼にはそもそもそんなことを考えられる余地がないのだ。そんなことを考えられる人物であったなら、きっと彼は前世でもまともな人生を送っていただろう。
今はまだいい。彼の言葉と彼女たちの言葉、彼の言葉と彼女たちの行為がそれほどすれ違ってはいない。だが、もし稲本竜一の本心がリアラとアキの二人に明るみに出た時に、彼の歪んだギブアンドテイクに二人がどのように応えるのかはわからない。
そう、きっと、彼らの物語は歪な終劇が来るだろう。
結末が明らかになるのは、
きっと、数年後――
「――な、わけないじゃーん!!」
入学試験より半年後、アルバ王立魔法学院の研究室の一室で遠視投影(ディスプレイ)で録画した入学試験の画面を見ながらその男はあきれたような声を出す。回転椅子をクルリと向きを変え、その黒光りする一物と屈強な体を持つ男は、誰もいない研究室の中で足を組み替えて事も無げに手を振ると遠視投影(ディスプレイ)は煙のように消え失せた。
――コンコン、とノックが響く。
「――入りたまえ」
「ステラ先生からのご紹介で、今回アポイントを取らせていただきました。魔法科1年リアラ=セイグンと、魔導具科1年アキ=カーマインです」
緊張の面持ちで肩を強ばらせてドアを開け、かしこまる二人を見て、
「うむ」
頷いて男は立ち上がる。岩のような筋肉と日に焼けた褐色の体、そしてその下半身にそびえ立つ巨根をぶるんぶるんさせながらセクシーなポーズをとり、彼は言った。
「私が、教授のトールである(ぶるんぶるん)」