第五階層の更に地下、いわゆる徹達が生活している管理層の小部屋にて、ローラとカイルは侵攻を停止していた。二人の目の前には主に徹が情事で利用している部屋がある。
「……ねぇ、勇者様?」
「なんすか、姫様?」
訝しげにカイルに問いかけるローラ。それは決して計画に支障が出たわけでもなく、徹からの妨害があったわけでもない。むしろここまで順調過ぎることにローラは不安を覚えたのである。
「あまり言いたくはないのですが、貴方の親マスターさんはお馬鹿のかしら?」
「あー、徹さまは頭いいけどお馬鹿っスねー」
そのどちらともつかない愚物カイルの言葉に、ローラは少し不機嫌そうに言葉を続ける。
「なぜマスターロッドの使い手は私達の邪魔をしないのでしょうか。それとも気づいていない? いえ、陣の形成に優れない私のマスターソードだって他の概念武装がここまで近づけば感じます。 ――余裕のつもりなのかしら、少し不快ですわ」
そう吐き出した後、少し頬を膨らませてローラは椅子へと腰を降ろす。ローラが椅子に腰掛け、そのお尻を沈み込ませた時、うぐ、と下から呻くような声がする。
「――あら勇者様、私、少し重かったかしら?」
ローラ姫のお尻の下。そこにはカイルの腹があり、その下には空間がある。人は空間の上で固定できるように出来ていない。ローラ姫の体重を支えるべく、カイルの体と四肢はアーチの様に反り返り、重力に対して抗っている。つまりはブリッジである。
「そ、そんな事ないっス。自分、頑丈っスから!! だからそのもうちょっと前の方に来て欲しいっス。自分、絶好のポジション確保してるッスから!! 具体的には自分の顔の前に来てもらって、しゃがみこんでくれれば大丈夫っス!!」
そう叫んだカイルはなんとかローラの下半身を覗こうと、首を捻るお仕事に必死であった。
「あら、勇者様。でも今日は私、スカートではないですことよ?」
そう言ってローラは足を組み替える。
その柔らかそうな足の根元は確かにスカートではない。――決してスカートではないが。
ぴっちりとお尻と太ももに張り付いた厚めの布。少しくびれた腰元から膨らむお尻のライン。そこから流れるようなラインで、にゅっとあどけない色気を主張する太ももがある。そしてその太ももは直ぐに白い布で隠されるが、逆に純白の清楚なニーソックスが、スラリと整ったおみ足の形を、足先までしっかりとアピールしていた。上半身はひらひらと腰まで隠れるような丈の長いブラウスとベスト。確かに露出は少ないが、僅かに肉付きはじめたその太ももと、ぷにんとした柔らかさを感じさせる股間の間に漂う景色は、まさに指で突いて良し、手の平で揉み込んで良し、お口でしゃぶりついても良し、ぶるぶる震える玩具を当てて良しの優良物件である。
「うふふ、さあ、どうしようかしらー?」
そんなカイルの上に座りながら、ローラはつーっとカイルの胸元に指を這わせた。
我々の業界じゃなくてもご褒美ですと、びくんびくん、とカイルの体が反応した。
「――ねぇ、答えて。貴方のマスターはどうして私の邪魔をしてこないの?」
今度こそ実のある情報を喋るのよ? とローラはカイルに問いかけた。
「おふうう、姫様Sっすねぇ……いいッスねぇ……、そんなの簡単っス。たぶん、――いや、きっと間違いなくマスターは今きっと撮影に大忙しなだけっすから!!」
しかし、返ってきたのは身も蓋も無いカイルの答え。
「……は? 今なんと?」
思わずローラは聞き返す。
「だから撮影っすよ、撮影。姫様ここに来る度に、着ている服違うじゃないっスか。しかも、いつも白基調。徹様は綺麗なものを汚すのが大好きなド外道ッスから、ぶっちゃけ妨害よりもそっち優先してるんじゃないっスかね。多分一日目の姫様ミニスカートのノースリーブのワンピース。あれたぶん徹様のどストライクっすから――。金髪の幼いお姫様が可愛いおしりフリフリさせながら、凸凹したダンジョンを歩くなんて、もう全方位から撮られているッスよ。徹様、限界まで遠視投影(ディスプレイ)で近づきますから、きっと、パンチラもパンモロもパイチラもパイ横も撮られちゃっているし、きっと喉が乾いて水をのむ瞬間とか、ものすごくエロく編集されてるッスね。多分オカズに何発か既に抜かれているッスよ。うひょー、高貴なミニスカートの姫様が、ノースリーブ半脱ぎでダンジョンの壁に手を付かされて、かわいいお尻を後ろからパンパン突き上げられて、涙ながらに感じちゃうシチュエーションなんか最高ッスね!! あ、なんか自分すごい見てみた――もが、もがが!!」
それ以上カイルの言葉は続かなかったローラの靴がカイルの口に突っ込まれたからだ。
「――つまり、私は舐められておりますのね」
だとしたら、マスターロッドの使い手はなんと愚かなのだろうと、ローラは思う。強力な陣を敷くことができ、堅固な守りを築き上げることもせずに、ただ己の色欲を優先させる小物。そのような小物が何故概念武器などに選ばれたのか。そんな小物に対して警戒をしていた自分への悔しさ、とそれに対する労力への口惜しさがこみ上げ、ローラが抱いていた不安が怒りで拭われる。
するりと、衣服のボタンを外す。ベストを脱ぎ、ブラウスを脱ぎ、そしてホットパンツを脱ぐ。するすると彼女の腕に、王族の正装ドレスが通される。彼女が事に及ぶ時は、いつもこの服装である。それは彼女の矜持でもあり、個人的なトラウマへの抵抗でもあった。
――豚貴族に襲われた時に着ていたドレス。
――豚貴族を切り裂き、支配した時に着ていたドレス。
――じゃきん、と優雅にマスターソードを構えるローラの顔はもはやあどけない姫君の顔ではない。支配欲に塗れた、一人の使い手であった。
そして、ローラの体温が残るホットパンツがカイルの顔にぱさりと落ちた。
「え、姫様? これ姫様の匂い? まさか顔面騎乗っスか、 いやー、大胆っス――」
【支配者要求:傀儡人形(ルーラーリクエスト)>カイル】
ローラの宣言と同時にブリッジ状態のカイルが跳ね起きる。切り裂いた人の意識と体を支配し、操る。マスターソードの最も得意とする支配者要求である。
「――入って来なさい」
【支配者要求:傀儡人形(ルーラーリクエスト)>近衛騎士団】
さらに小部屋の外に待機をしていた騎士団がぞろぞろと扉の前へと集合する。
「――さあ、踊りなさい、愚物達。勇者様が先陣を。3秒でこの先の部屋の権限を書き換えなさい」
ふしゅー、とホットパンツを被ったカイルが鼻息を放出する。完全な傀儡と化したカイルは全身のバネを弛め、号令とともに弾かれる弾丸へと変貌する。
それを確認して、ローラは騎士団に振り返った。
「――あなた達は援護、マスターの護衛たちを抑えなさい」
「はっ」
(ほんとお馬鹿さんね、杖の支配者。どのみち、貴方は詰んでいるの。陣のここまで切り込まれた貴方には新たに陣を作るか逃げるしか道は無いわ。逆に言えば、そこで逃しさえしなければ、陣の外では無力な貴方は何もできない――!! ここまでゆっくりと侵攻したのは別にそれが限界だからではありません。 最後の陣を頼りに迎え撃つなどそんな浅はかな考えならば――)
「――支配させていただきますわ!!」
ローラの鬨の声と共にカイルがドアを突き破る。部屋の中にはベッドが一つ。浅黒い半裸の男と三人の女が座っていた。
カイルを先頭に雪崩れ込む、騎士とローラ達。
その刹那、二人の支配者のコールが、部屋に響く。
【――支配者要求:限界突破(ルーラーリクエスト)>カイル】
【――支配者要求:侵入禁止(ルーラーリクエスト)>侵入者】
先手はローラ側。人ならざる動きと速度でカイルが部屋の床をご丁寧にベッドの下まであっという間に掘り返す。ばきん、と権限が上書きされた音が部屋に響いた。その数瞬後、徹の結界がベッドごと三人を包み込む。徹達に向かって怒涛のように押し寄せる騎士団を概念障壁が跳ね返した。
侵入禁止という概念が絶対的に優先されるこの結界は、いかなる強靭な騎士の一撃も、重量を生かした盾の一撃を受けてもびくともしない。
――そこに振り上げられるは黄金の剣。その名はマスターソード。
概念結界は、それを超える概念武器でしか、壊せない――。
騎士団の影に隠れて結界に接近したローラが、マスターソードを振り下ろす。
振り下ろした剣と、徹の結界が接触た瞬間、かしゃん、と割れるような音を立てて、
・・・・・・・・・・・・
マスターソードが砕け散る
縦に振り下ろしたローラの一閃、彼女のマスターソードは徹の結界に耐えられずに砕け散った。ローラは心の中で思う。
(当然ですわ、だってこっちの剣は、株分けですもの――)
彼女のマスターソードは砕け散った。
だが砕け散ったのは彼女の剣だけではない。
――徹の結界も、同様に砕け散っている。
株分けといえど、独立した概念武装。
たかが結界ごときに遅れはとらない――。
散り舞う結界の欠片の中、縦の一閃からくるりと体を翻し、ナイフ大の大きさまで圧縮されたマスターソードが、ローラの右逆手にて、巻き込むような軌道で徹の脇腹に向けて牙を向く。
「うふふ、騙し合いは、私の勝ちかしら?」
迫る刃先、この刃は普通の防御では防げない。概念武器を防ぐためには、同じく概念武器でなくてはいけない。
だから、徹は右手の錫杖を反射的に前に出す。
しかし、振ろうとするが、その右腕が動かない。
「うへへ、すいません徹様、自分、姫様とのイチャイチャがかかってるんで――。下克上、させてもらうっす!!」
と、いつの間にやら錫杖にひっついているカイルがそこにいた。
「ちょ、おま」
ざくん、とマスターソードの一撃が徹の脇腹を抉る。
左から右へと刃が抜ける。
ローラの動きは止まらない。
(――ああ、この瞬間がたまりませんの!!)
がくん、と崩れる徹に対してその心臓にざくりと水平に突き入れた。
ばきん
と、周囲に概念効果が宣言された音が響く。
人形のようにずるりと崩れ、ローラの胸から腹へ、そして足元へと徹の顔がずり落ちていく。
「支配、完了ですわ――」