「このっ、色情オーク!!」
叫びとともにカレンの右手が宙をひらめく。差し出されたその先には涎を垂らしながら彼女を犯さんとする、緑色の醜悪な塊。普段の何倍も強化されたその肉体はその巨体に似合わない素早い動きでカレンを追い詰める。
「炎熱閃弾魔法フレア・ブリッツ!!」
ヴン、とカレンの右手を中心に魔方陣が展開。そこから魔力を対価に射出されるのは数十の炎の連弾である。
きゅぼぼぼぼ、と現代で言うところのマシンガンさながらに視界を埋め尽くすほどの直径30センチ程度の炎弾が、彼女を追い立てるオークへと叩き込まれる。
――しかし、
(うひょひょ~、そんな火の玉なんかじゃこの強化オークの再生力にはおっつかないッスよ~?)
ぶわっと、その炎の弾幕を打ち払いながらカイルはカレンの前に躍り出る。そして、だん、と着地したその瞬間、
「爆雷炎瀑魔法フレア・ブラスト!!」
設置型の地雷魔法がカイルの足元で盛大に爆発した。
(おおお、おおおおおおッス?)
思わずその衝撃にぐらりとバランスを崩し、頭から倒れるカイル。ふと見やれば、べーと、舌を出し、すたこらと逃げ出すカレンの姿を確認する。そんな中カイルは、
「ブモオオオオオ!!(アンのクソ女ぁああああああああ、待つっスよぉおおお、その綺麗な顔にぶっかけてやるっスぅうううう!!)」
と憤怒の雄叫びを上げるのだった。
――一方のアルフレッドは、とにかく逃げる。身体強化フィジカルブーストで増幅された身体能力で力任せにダンジョンの床や壁を蹴り、走り抜けていく。
(本当ならカレンと合流してから使いたかったけど……)
本来なら、アルフレッドはオーク程度であれば置き去りにしているはずの速度で走り続けているのだが、先程から彼の視界にチラチラと映る緑の塊に、アルフレッドは事態がかなり切迫していることを察していた。
追いかける徹はただマスターロッドの力で時々転移しているだけなのであったが、
(――ほらほら、ささっと使っちゃいなよー、どーせ意味ないけどねー)
と、焦らすように間合いを調整しているところを見ると結構楽しんでいるようでもあった。
「――そろそろ」
「――限界ねっ」
そして、迫りくる敵に圧されながらも、同じダンジョンに居ながら全く異なる場所で、ほぼ同時にアルフレッドとカレンは決断を下す。
【逃げ切ったら】
という、今回のルールに対してのみ絶対的に作用する反則アイテムジョーカー。それは、冒険者の間では広く認知されていて、安価で手に入れやすく、そしてその絶対的な効果は数多の事例にて証明され尽くしている。
それは、アイテムさえあればこの世界の誰もが使える、二メートル四方の絶対不可侵領域を作り出す概念魔法――
「結界魔法(キャンプ)!!」
カレンとアルフレッドがアイテム【結界魔法(キャンプ)の実】を地面に叩きつける。それと同時に二メートル四方の不可侵領域が形成され、その四つの頂点がお互いを結ぶように結界が形成。絶対に侵入ができない不可視の四角錐、不思議テントが完成した。
その直後である。
(うぉおおおおおお、そんな不思議テントごときで――ぶべごッ)
――と、カイルが結界魔法(キャンプ)に盛大に激突する一方で、その様子を視認はできないもの、無様な鳴き声と自らの無事に、いえい、とガッツポーズをするカレンがいて、
――同じく結界魔法(キャンプ)を展開し、外の反応を伺うアルフレッドに対して、静かにそばに転移した徹が、その金色の錫杖を不思議テントへ向けて、振りかぶる。
それは、なんともあっけない音であった。
ぱきん、とアルフレッドを内包する不思議テントの壁がひび割れたかと思うと、まるでガラスが割れるようにパラパラと、結界魔法が崩れていく。
「――う、嘘だろ?」
無残にも崩れ落ちた結界魔法の残骸を呆然と見ながらアルフレッドは狼狽える。
「――宮廷魔法士クラスの弩石崩落魔法メテオインパクトだって耐えた記録があるんだぞ?」
【侵入禁止】という概念を顕現する概念魔法。それはこの世界の常識や法則ねじ曲げる反則魔法である。入れないから、何をどうやっても入れない。例え剣だろうが魔法だろうが、大砲だろうが、隕石だろうが、何よりも【侵入禁止】という概念が優先される反則魔法。
それが何の因果か、大衆に多く出まわる形になってしまったのが結界魔法(キャンプ)である。しかし、誰が知ろうか、その結界魔法(キャンプ)は大昔のマスターロッドの
使用者によって創りだされたものだったと。結界魔法(キャンプ)が概念魔法であるならば、マスターロッドはそれを支配する概念神器である。
概念魔法はより強い概念魔法や概念兵器に壊される。それが今目の前で行われたことだと、アルフレッドが認識した時、彼の視線が、目の前の醜悪な緑の塊に不釣り合いな黄金の錫杖に注がれるのであった。
「――まさか、……ダンジョン、マスター……なのか?」
そうアルフレッドが呟いた瞬間、目の前の緑の肉塊の背中からずるりと、人間が抜け出し、その黄金の錫杖を手に取り、茫然とするアルフレッドにピタリとその先を向けるのであった。
そしてその人間、――ダンジョンマスターこと徹は、中の人が抜けてぐにょんと歪むオークの肉塊の上に座り高々と宣言する。
「――やあやあ、アルフレッド君。キミのどす黒い欲を暴きに来たよ!!」
「……は、ははは、ボクの欲だって? なんだかわかんないけど、見も知らぬ貴方にいきなりそんな事言われてもね」
徹のその突拍子もない言葉は策が破られ動転するアルフレッドの心を返って落ち着かせることになった。――話は通じる。ならば、道はあるかもしれない。そんな風にアルフレッドは思ったのだ。
「ああ、そうだねぇ。確かにわけわかんないよね。俺はそうでも無いけど、君が俺に会うのは初めてだし、ちょっと導入しくじっちゃったかな、うはは、まあなんだ。要はちょっと俺とお話しない?」
「それは構わないけど、そうなるとクエストは一時中断だよね? それには応じるからカレンの方のオーク、止めてくれない? できるでしょ?」
――マスターなんだから、なんて続きそうな調子でアルフレッドは徹に言った。
「ああ、安心しな、概念魔法を敗れるのは俺だけだ、あっちはカレンちゃんに手も足もでないよ、――ホレ」
徹がマスターロッドを一振りすると、遠視投影の魔法が発動し、カレンが発動させた微動だにしない結界魔法と、その周りでウロウロするオークを映し出す。
「逆にサービスだ、話している時間はクエスト続行にしてやるよ、その方アルフレッド君にとって都合がいいだろう?」
にやりと徹はアルフレッドに笑いかけた。
(――なるほど、話に応じなければ、いつでもカレンの結界を解くことができるぞってことだね、結構食えないなこの人)
と、心の中でアルフレッドは呟く。
「――で、話って何さ」
アルフレッドはぺたん、とその場に座り、徹を見る。
訝しげな表情に、徹はうん、と頷くと。
「実はさ。どうせなら俺と一緒にカレンちゃん犯さね、きっと気持ちいよ?」
と、いきなり爆弾発言をぶちかますのであった。
そんな二人の様子を管理層にて、遠視投影で見ていたシンシアは、
「――もう、徹様ってば、それじゃ私の時と同じじゃない、もっと他に言い方ってあると思うのよね」
と呟き、アルフレッドにこれから襲い掛かるであろう、徹の言葉攻めのいやらしさを思い出し、ぴくんと体を捩らせるのであった。
しかし、当のアルフレッドというと、怒りを通り越して一周回って休憩してお茶を飲んだ如く、はー、と大きな溜息を付き、
「――なんというか、どうしてその質問をボクにしたのか、そしてボクがそれを了承すると思ったのか聞いてもいいかな……?」
と、案外冷静に徹に返答するのであった。
「んー、なんというかなぁ、利害の一致って感じ?」
そうあっけらかんに、のたまう徹。
「それがよくわからない、だいたい貴方、ボクの何を――」
知っているのか、というアルフレッドのその言葉は続かなかった。
徹の後ろに遠視投影が三つ、浮かび上がるのを見てしまったからだ。
「いやあ、アルフレッド君、実はさ、俺カレンちゃんより君の方がどちらかと言うと興味が湧いてね、カイル君から情報を受け取ったあとの一週間、ずっと見させてもらったんだ、君のこと」
「な、なん……だって?」
そのアルフレッドの驚きはカイルが情報を提供していたという裏切りの事実よりも、自分の行動を見られていたということに対してのものであることを、徹は確信していた。
「アルフレッドくん、君、身体強化フィジカルブーストなんて魔法が得意な割には部屋にはいろんな魔法書が揃っているんだねぇ……、人体変遷、生命創世に錬金術、それに悪魔契約、精霊召喚、複雑多岐だ」
徹が見ているのはアルフレッドの家にある彼個人の隠し部屋の映像である。書棚には夥しい数の魔法書が収められており、その全てに×マークが付けられていた。
「――これは別に、趣味だ。いろんな魔法を勉強して何がわるいのさ」
そう、取り繕うアルフレッドに向けて、
「くっくっく、それじゃこれも、君の『夢』とやらとは関係ないのかな?」
徹は真ん中の遠視投影をアルフレッドの前に持っていく。そこに映っているのはこれまた夥しい数の男性器の木型。いわゆる現代で言うバイブである。それが隠し棚と思しきところにずらりと、並んでいる。
「ねぇ、アルフレッドくん。君、カレンちゃんの事好きなんだよね、ホモとかじゃないよね」
「そんなの、そんなの当たり前だろ!! ボクは、ボクはカレンが好きだ!! ――愛してるといっていい!! カレンはボクの全てだ、絶対、絶対誰にも渡さない!!」
その激しい感情と口調は、決して平時は見せないアルフレッドの奥底に秘められた激情であった。それを徹に引き出されたことで、ゆっくりとアルフレッドの心は闇へと浸され侵食されていく。
「うん、そうだね、そうだよね。アルフレッド君のカレンちゃんへの愛は強い。うん、強すぎると言っていい!! 普段はそれをおくびにも出さないのに、なんでこんなにも駆られているんだろうね? アルフレッドくんの夢ってなんだろうね?」
徹はマスターロッドを翻し、最後の遠視投影をアルフレッドの目の前に持っていく。そこには、この一週間、ダンジョン攻略のため必死でかけずり回るアルフレッドの姿であった。
「ボクの、ボクの夢は、カレンと愛しあうことだ、それ以外無い……」
ぽつりと、アルフレッドが呟く。
「――そうだね、事実、二人は愛し合っているように見えるけどね」
そう、徹が返した時、ぐらりぐらり、とアルフレッドの心の支えが動き出す。その振れ幅が、その動きの激しさが、彼の許容を超えた時、徹の目論見は成功するのである。
「だめだ……、それだけじゃ、だめなんだ……、ボクが愛しても……カレンが、カレンが……ッ」
「なんで? ボクから見てもキミたちは相思相愛だ!! ほら今のカレンちゃんを見て!! 君に授けられた策を信じて実行して、そしてその成功にもうときめき度はマックスだ!! 無事に帰れたらベッドインは間違いないよ!!」
ベッドイン、という言葉にアルフレッドの心の軸がずぐんと押され、その振れ幅がより大きくさせらていく。
「――うああああ、……止めて、やめてくれえええええ!!」
「――アルフレッド君、君は不安なんだ」
徹の悪魔の言葉が、
「そうだろう? カレンちゃんの愛に応えられるかどうか、不安でしようがないんだろう?」
なおもアルフレッドの心の根っこの部分を鷲掴み、ゆさゆさと揺さぶる。
「――そうだ、ボクは、ボクは、不安でしようがない、――だってボクは、ボクは……」
「俺は、そんな君の悩みを十二分に理解しているよ? 言っただろ? 俺はここ一週間、君の全てを見ていた、と。――そう、お風呂時も、トイレの時もね?」
徹の言葉にはっと顔を上げたアルフレッドの前に、新たな遠視投影が現れる。そこに映るのは、小柄ながらも胸と腰に丸みを帯びた、誰が遠目から見てもわかる明らかに裸の女性の体であった。アルフレッドの顔をした、裸の女の姿――。
「……あ、ああ、――見ないでくれ、見ちゃだめだぁっ!!」
「――くっくっく、だって君はアルフレッド君じゃ無くてアルフレッドちゃんだもの。そりゃそうだ、その不安はごもっとも、ベッドインなんかしたら大変なことになっちゃうもんねぇ?」
その徹の言葉を最後にアルフレッドの心の支えがぽっきりと折れる。
「なあ、アル。君の夢って、『男になりたい』だろ?」
「――そう。……そうだよ。ボクはカレンを愛し、そして愛される事ができる体が何よりも欲しい。七年前に、彼女に合った時からずっと焦がれていた。その気持が抑えきれなくって具体的な方法を探し始めたのは五年前かな、いろんな事に手を出したよ……、カレンに言えないヤバイことだって、いっぱいした」
「――だからカイルの話に乗り気になったんだな?」
「――うん、ダンジョンマスターに会って願いを叶えてもらうチャンスなんて最も薄い望みだったけど、それが急に現実味を帯びてきてさ、――でも結界魔法ごときで試練を潜りぬけるなんてちょっと盲目的だったかな」
ははは、自嘲気味に笑うアルフレッド。それは全て徹に見透かされて気力なく笑うただの少女がそこにいた。
そして、精神的に打ちのめされたこのか弱い少女を悪魔の囁きが駆り立てるのはここからである。
「――で、どうしようか。君の願いは叶うわけだけど」
淡々と話を続ける徹に、少女は呆けたように顔を上げる。
「……どういうこと?」
何か不安を感じなからも少女は呟く。今、彼女は悪魔の誘いを断れない。断る気力も、徹の言葉の裏を見抜く聡明な判断力も削ぎ取られている。徹は遠視投影の一つを少女の前に移す。そこには結界魔法を攻めあぐねているもう一方の強化オーク――。
「あれ、カイルなんだよ」
その徹の言葉は、少女の脳髄に電撃を走らせ、彼女のその高い思考能力と経験からくる想像力を回復させていく。少女はじっと遠視投影を覗きこみ、そして、徹が座るそのみどりの肉塊に目をむけた。
「ばかな……、そんな、そんなことできるわけないじゃないか」
言葉とは裏腹に、ゴクリと喉を鳴らす少女に。徹あくまはにんまりと囁く。
「それって、君もオークに変身できるってこと? それとも、オークに変身した君が、カレンを犯すってこと?」
明らかに後者であることを確信して、くっくっくっ、と徹は笑う。
「なあ? そろそろ正直になったらどうだい? 君の夢はカレンちゃんと愛しあう事じゃない、カレンちゃんを自分のモノにすることだって、いいかげん気づいたほうがいい……!!」
「――ちがうっ、ボクの気持ちはそんな汚らわしいものじゃないっ」
「いいや、違わないね!!」
――両手を広げ、徹は少女を誘う。彼と同じ次元へと。
「なあ、君のバイブコレクション、あれはなんだ? 男になりたいだけの君があそこまで揃える必要があるの? あれでカレンちゃんのアソコを責めつくしたかったんだろう? 悪魔契約の書や精霊召喚の書で君はカレンちゃんに何を強いろうとしたの? 君の心の中にあるのはね、相思相愛の様な美しいGive and Takeじゃない。悲しいほど一方通行な、征服欲なんだよ!!」
「ちがう、……そんな。ボクは――、そんなこと」
そう、尚も否定する少女に徹は淡々と悪魔の方程式を授けていく。
「なーに、どうせカレンちゃん犯されたとしてもそれはオークにだ。中身が君だなんて夢にも思わないさ、しかも初体験でこんな豚の鬼畜ちんぽで骨の髄まで犯されちゃったら、もう男となんてセックスできないかもね、そうなったらなにくわぬ顔で包み込んであげればいいんだよ。あれ、そうなれば、君、もう男になんてなる必要ないじゃないか」
「――や、めろ、やめろ、ボクは、――ボクはっ……」
「ねえ?」
「やめろ、いうな、――いわないで、――いわないでいわないでいわないでっ」
「違うなら、なんで」
「やめてぇええええええええ!!」
「こんな物欲しそうな顔をしてるのさ」
『初体験でこんな豚の鬼畜ちんぽで骨の髄まで犯されちゃったら、もう男となんてセックスできないかもね』徹がそう喋った瞬間、遠視投影の中の少女が、それはなんとも、その情景を思い浮かべ期待に胸をふくらませる様子が、まざまざと録画されていた。
「あああ、ああああああ、こんな、ボク、――こんなっ」
「――大サービスだ、カレンちゃんの前の処女は君にあげようじゃないか。めいっぱい可愛がってあげるといい、なーに、泣き叫んでも痛がっても思う存分犯せるよう協力して上げよう――、きっとカレンちゃんの処女まんこは君に素晴らしい快楽をもたらしてくれるはずだから。――だから、分かっているね? 君は頭の良い女の子だ。そして、カレンちゃんのためにはどんな犠牲も厭わない勇敢な心と体を持っている、そうだね?」
オークの肉塊から降り、すたすたと徹は少女に近寄る。少女はその場でへたり込んだまま、動かないのか、それとも動けないのか。
少女は動かない、彼女の手は内なる性の衝動に打ち勝てず、すでに自身で股間を慰め始めている。
「さあ、今から君は俺の肉便器第二号だ、――名前を教えて?」
徹のその言葉に、少女は一瞬逡巡する。――しかし、
「――ルテ……、――アルテです」
そして、情欲に潤むアルテの契約の言葉を聞き届けると徹は、
「――舐めろ」
と、その剥き出しの逸物を彼女の口にずいと押し当てるのであった。