歪曲コミュニケーション

第14話 修学旅行 大生沢茜 結城姉妹③


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  修学旅行初日の夜。武智が制作した管理システムとルールは問題なく動作し、定刻通りに生徒達はは夕食前に集まり、それぞれのグループの話題で盛り上がりながら夕食を取っていた。

 そんな中、大食堂とは別にセッティングされた宴会場に武智はいた。その横には今回の旅行の責任者である学年主任の高藤と、せわしなく宴会場の準備をしている仲居さんが数人いる。

「なんというか悪いな武智。お前のおかけで大分楽が出来たわ」

 自分の肩に手をやりながら、バキバキと首を鳴らしながら高藤は言った。GPS管理で大人の引率の手間を減らすなど最初は絵に描いた餅だと教師陣の中では言われていたが、蓋を開けたらその効果は絶大な物だった。もともとこの学校は普段の理事長の方針もあり、やんちゃな真似をする生徒は少なく、手間はかからない方なのだが、そもそも論として一クラス三十人を越える十代少年少女を、教師一人で統括するのは非常に難儀なのだ。当然教師達にかかる不安は少なくない。

 物理的に目が届かないせいで所在確認すら一苦労である。おまけに団体行動は生徒達にしてみれば不満が溜る一方であるからして、修学旅行の引率と生徒達の関係は、水面下で静かな戦いをしていると言っても過言では無い。

 問題なく終わらせたい教師陣と、隙あらばはしゃぎたい生徒達。お互いに妥協点を探る前にそれぞれの要望の軸が擦れてしまっているので、お互いの主張が交わることは決して無い。

「いや~、そういってもらえると。まあちょいとポイントがありましてね。俺らみたいな若者ちゃんは、押さえつけると反発するお年頃ですからね。その代わり表向きは好きにしていいよって放り出せば、案外無茶はやらないもんですよ、それは"楽しくありませんから"」

 そういって武智はパカリと端末を開けて、全体の様子を端末をチェックしはじめる。ディスプレイに視線を落としながら武智は高藤に語る。

 大事なのは個人の自由の尊重と、絶対やっては行けないラインのバランスだと。要は目が届かないから問題をおこすだけで、目を届かせれば進んで問題を起こすような行動はしないわけだと。

 そこで今回、生徒自身に見ているぞ、ということを明確に自覚させるために端末を付けさせた。その代わりに彼らには敷地内での自由が保証される。団体行動に起因する不満やら何やらの心情の問題は究極的に薄まるだろう。

 その上で明確に越えてはいけないラインを、生徒達に解るように引いてあげたのだ。絶対に端末は外すなよと。勝手に外したり不正をしたら理事長ルールにより退学も辞さない。理事長が強制的に問題のある生徒を退学に処しているのは前例もあるので、手に入れた箱庭内の自由と自らの腕に装着した監視の目と、退学という処罰を天秤にかけた物わかりのいい生徒達は、決して自主的に逸脱した行動を取らないであろうと。

「故に僕らうら若き少年少女達は、自ら進んで決まりを守るのでしたっと、めでたしめでたし。僕らは自重するし居所はわかるから管理しやすいし、先生も楽になるし、Win-Winというわけですよ。……さてさて、そろそろみんな飯食い終わって大体施設内でぶらついてますね、人数の欠けはなし、旅館内に全員いますから館内放送でいけますね、はいどうぞ先生」

 と、高藤にマイクを渡す武智。

「お前、用意がいいっていうか末恐ろしいな……、俺ら教師まで管理されちまってるよ」

 武智が口に出した生徒管理論に続き、自分がこれから行うつもりであった行動まで読まれて、苦笑交じりに高藤は武智からマイクを受け取る。併せて武智がキーを一押し。館内放送のアラームが建物内にぴんぽーんと響き渡る。

「あー主任の高藤だ。全校生徒に連絡、二十一時半までは自由時間だ。それまで入浴などをすまして、部屋割り通りに集合しているように。担任のチェックが終われば後は静かに寝ること、まあ多少は見逃すが、十二時前には寝ておきなさい。まだ初日だからな、わかっていると思うが、女子の部屋に入り込んだ男子はただじゃおかんぞ、もちろん逆もだ。端末は腕から外しても、一人が二つ以上付けててもわかるからな? ――以上」

 そういって高藤は放送を切った。

「十時からは先生方もお楽しみがありますもんねー、わはは。あ、仲居さんビールは全部エ○スで、大丈夫。予算は余っているから、じゃんじゃん持ってきてー。いやー、ただ酒うらやましいっす先生」

 といって、仲居に指示を続ける武智を高藤は一抹の不安を抱えながら眺める。

 目の前にある魅力的な酒類も教師陣の宴会時間も今回の武智あってのものだからだ。この修学旅行の情報管理という点において一番上位にいるのが、目の前にいる武智だ。生徒はおろか教師陣さえ管理しうるこの一生徒のキャパシティはすごい物だが、この生徒自身はいったい誰が管理するのであろう。という一抹の不安。

 しかし、高藤は思い出す。彼、――武智光博の衣食住は理事長に握られていたことを。言い換えれば孤児院出身であり、天涯孤独の彼の人生は、後見人である理事長に握られているといってもいい。ならば決してこの学園のマイナスになるようなことはしないであろうと、その不安を無かったことにした。

「お、高藤先生、お早いですな。おお、これは豪勢な」

 生徒のチェックを終えたのか、クラス担任の教師が次々と宴会場へと入ってきた。居並ぶ魚介や酒類を目ざとく見つけるとやいのやいのと騒ぎ出す。その空気に当てられたのか、高藤の気も緩み、彼は本格的に緊張の紐を解いた。

 だが考えてもみて欲しい。本当の意味で理事長の教育方針に一番順応しているのが、武智光博という存在であることを。

 教師陣の安心と手間を濯いだことを隠れ蓑に。教師陣や世間様にばれなければ何をしてもいいという教育方針に則って。

 ワイワイと宴会の席に着く教師陣を背景に武智の指がキーボードを叩く。

 牧村真樹
 大生沢茜
 結城藤子
 結城祥子
 真堂香

 の端末をダミーモードに変更。

 彼らの端末はこれから一定時間自主的に旅館内を動き回り、最終的に自部屋で動きが止まるようにセットされ。

「それじゃ高藤先生。予備の端末はここに置いておきますので、あとはよろしくお願いします。酒と料理はじゃんじゃん追加しちゃってください。おっさ……理事長の許可は取れていますんで」

 といって、武智はそそくさとその場を後にした。

 向かう場所は、この旅館の最上階。
 基本的には理事長オーナー一族が利用する最高級のスイート。今回はシステムの機材置き場として、武智と旅館関係者だけが自由に出入りできるように用意した部屋。

「お、揃ってるねー。お疲れさん」

 どでかい和室リビングに、湯上がりとおぼしき五人の少女達が寛いでいた。持ち込んだジュースやらお菓子やらをぽりぽりしながらご歓談と言うところであろうか。

「光博おっそーい、ぶーぶー」

 タンクトップにショートパンツと完全に自部屋モードの牧村真樹。まあ女子しかいないからであろうが、相変わらずの天然というか無防備っぷりである。肩のブラヒモがずれて見えているが、ここまで来るときに男子生徒や生徒に見とがめられなかったのかと、ため息を付きながら武智は席に着く。牧村の隣に座っていた真堂がすっと場所を空けた。ここに座れということだろう。

 ちなみに他の面子は学校指定のTシャツとジャージである。大生沢茜はレギンスと短パンジャージで胡座をかいている。結城姉妹は普通に着こなしているが、真堂香はジャージの下の裾をくるくる巻いて、素足を出していた。

「おー、さすがに女子の湯上がりジャージってぐっとくるなー、勃起しちゃうなー」

 と、武智が見回しながら一言。牧村だけが、こいつ何言ってんだ的な顔でこちらを見るが、周囲の常識的な少女達はその意味を悟ったようである。

「ほ、ほらぁ。真樹ちゃーん……。いくら武智君と仲がいいからってその格好はまずいってぇ」
「そうだよ、せめて上にTシャツがジャージ羽織ろ? 見えちゃうよ」

 結城姉妹がそそくさとこの部屋の隅に脱ぎ捨ててあったであろう上着ジャージを牧村へと渡す。

「へ、あー。……あー。あ、あはは、ごめん光博。男と認識してなかったよー、たはは」

 そそくさと上着を羽織る牧村に、おいおいとツッコミを入れる大生沢茜。だが真実は違う。牧村真樹の中では、武智の前で湯上がりのタンクトップ姿など今更も今更なのだ。もはや牧村の体の中で武智に見られていないところなど無いであろう。だがこの場は彼の自宅ではないのだ。武智の牧村の歪んだ関係を知らないものがいる以上TPOはわきまえないといけない。

 つまり、空気を読むということだ。
 わかったな、と武智は牧村を軽くにらむ。
 こくこくと頷いているがどうなることやらと武智は心の中で思うがどうにもならないのでその時になったら考えることにした。

 そんな中、共通の認識というか共通の体験というか。同じような境遇のシンクロニシティということか。真堂香はピンと来てしまった。もぞもぞと武智に近寄りこそりと耳打ちをする。

「もしかして、牧村先輩"も"食べちゃったんですか?」

 と。

 恐るべし少女の直感。女の第六感というものはどうしてこんなに鋭いのだろうかと武智はぐったりして。だよねぇ、わかっちゃうよねぇと武智はため息で返事をする。

(やるじゃないですか、先輩)

 という香の呟きは武智の耳に聞こえたのは定かではない。定かでは無いが――、とりあえずこの場で暴露されることはなさそうだと武智は安堵する。まあ、暴露しても武智には不都合はないし、元々この場の出来事は墓までもっていくという女子会鉄の掟の内である。

 ただし、

 テーブルの下で、何食わぬ顔で武智の股間をなでなでする香の左手を鑑みるに、この修学旅行の何処かで彼女を可愛がってやる必要があるだろうと、武智は思うのであった。

「んでさ」

 わたわたが落ち着き武智は呟く。視線は結城姉妹と大生沢茜だ。

「――なんでこの女子会に俺が呼ばれたのん?」

 と、武智は素朴な疑問を三人に投げかける。確か経緯はこうだったはずだ。結城姉妹と大沢茜が女子会の開催を希望し、年上彼氏と毎日ずっこんばっこんとお盛んであろう牧村真樹に依頼を出す。彼女とよくつるんでいる武智光博のゲスト参加を願って。

 当日までのなんやかんやで真堂香も招かれる形になっているが、そもそもなんで俺? という疑問を武智は完全に解けてはいなかった。まあ学校のセクシャルシンボル神田佳奈美のペットとして日夜腰を振り続けている存在ということが周知されている武智を招くという以上。性行為関係の相談と宛ては付けているのだがと。

「とか、勝手に思っているんだけど?」
「あ、そういえばあたしも聞いてなかった、なんで光博こいつなの?」

 という武智の問い関してノってくる牧村。いやそこは知っておけよ幹事様と、心の中で武智はツッコミむが、当の大生沢茜と結城姉妹はもじもじしてお互い顔を見合わせている状況である。

 なるほど、今回の問題はかなり根の深い相談事なのかも知れない。と武智は思う。

「んー、……素面で無理なら、こいつの力を借りるしかあるまいな」

 ごとん、と武智が手荷物をテーブルの上に置く。そこには女子が好みそうな限りなくジュースに近いアルコール飲料がどっさりと用意されていた。この中で一番真面目なのであろう真堂がさすがに咎めるが、

「せ、先輩、さすかにそれは――わぷ」

 その武智の早業わずか数秒。右手で香を引き寄せ、左手でほろよいかる~あの缶をぷしゃりとあけてその飲み口をぐいっと香の口元につけて缶を傾ける。こくこく、と香の喉を甘く白い甘露が通り過ぎていく。

「はーい、のーんでのんで」
「んっ……んっ」

 まるで何かを無理矢理飲まされてしまっている行為を想起させられる。香の振る舞い。それは武智から飲まされるということに対して逆らえない、いや逆らわないという行為が日常化している故の反応であり、そういった経験値が少ないであろう大生沢茜と結城姉妹を持ってしても、なんかエロいぞという雰囲気を悟らされる光景であり、牧村真樹に至っては、完全にフェラしたいなーという顔になっている始末である。

 いや、単にお酒を飲ませているだけなのであるが。
 そしてごくん、と半分ほど飲んだ所で真堂香の口から缶が離される。
 当然狼藉を受けた香から反撃を受けると思いきや、当の真堂香はそのままちょこんと座ったままちびちびと残りを口にし始めた。

 状況が読めかねない四人を尻目に、武智はもう一つの缶をぷしゅっと開けて、ごっごっ、と自分で一気に飲み干し、ぷはーっと息を吐いた。

「ほい、これでここにいる奴らは飲酒の共犯者な。どうよ、話してみる気になった? 考えてみれば俺だけリスク無いからな、ま、絶対に秘密は守るから話してみ?」

 思えば秘密を漏したら彼氏にバラすというリスクは武智には全くリスクが無い。その点で話ずらそうにしていた大生沢、結城に対しての配慮であった。

「……もうっ、私に飲ませる必要ないじゃないですか。美味しいからいいですけど」

 横でぶつぶつと、念仏を唱えている香に対してごめんごめんと武智は慰めた。同時に机の下で太ももなでなでしてフォローする事も忘れない。

 そんな様子を見ながら、牧村、大生沢、結城姉妹それぞれがぷしゅっと缶を開ける。

「あー、それじゃ私からいいかな……」

 ちびちびと飲んでいた梅酒を机に置いて、大生沢茜が口を開いた。

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