歪曲コミュニケーション

第9話 真堂香⑤


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「デートしよう☆!!」

 部室に広がる酸っぱい臭いも消え、イベント打ち上げと称した出前パーティーも宴もたけなわとなりつつある頃、この宴のスポンサーである神田佳奈美はそう高らかに叫ぶ。聞けば今度千葉にあるテーマパークに出来るアベック仕様の観覧車にどうしても乗りたいということだ。

「かおりんと権くんでしょ? 真樹ちゃんと中田でしょ? それでヒロくんとあたし!!」

 と、神田佳奈美は勝手気ままにプランを語り出した。武智は毎度のことだと、少し肩を竦めると、しゃっしゃと、スマホを取り出してスケジュールを調べるのであった。確か週末は土日に加えて金曜日と月曜日も休みである。この西秋中高校は私立なので、ゴールデンウィーク中は指定生徒を除き全部ぶち抜きの休みである。つまり光博達は仕事さえ終われば後は月曜日まで休みなのだ。

「まー、トシは大丈夫だろ、今日で終わりだし、俺も佐藤氏のおかげで殆ど山場は超えたからな、あと真樹、お前どうせ週末中田先輩とデートだろ? 佳奈美先輩のご相伴に預かれば? 金浮くぞ?」

 と、武智はあたかも自分のスケジュールを決めるかの様にほいほいと進行していく。

「ちょ、なんでアンタが私のデートの予定知ってるのよ!?」

 と、牧村が抗議の声を上げるが、

「恨むなら中田先輩を恨むが良い、お前の情報と引き替えに色々漏してくれて大助かりだ」
 「……な、何教えたのよ。碌でもないことだったらアンタわかってるんでしょうねぇ?」
「いやいやいや、大したことじゃねーよ、お前の好物とか趣味とかそんなところだ、流行の映画なり、期間限定のメニューなり日時が解らなきゃアドバイスしようがねぇだろ、年上のスマートなリードを実現しようっていう先輩の心意気の素晴らしい事よ、愛されてるじゃ無いか、真樹ちゃんや」

 ぐぬぬ、と口を結ぶ牧村の横で

「……それ、たった今をもって台無しになっていませんか、その心意気」

 と、ぼそっと香が突っ込んだ。

「甘いな真堂」
「甘いよ香ちゃん」

 武智と権野がそろって答えて、両人差し指で牧村を指した。
 みれば顔を赤くして照れている牧村真紀がいて、

「素直なんですね、真樹先輩」

 とクスクスと笑う真堂。

「「――簡単な女とも言うな」」
「うがーっ、いい加減にしろや、雄共ー!!」

 と、牧村がやいのやいのと暴れ出す。
 その状況をもっとやれー、と煽りながら神田佳奈美は真堂香の横にちょこんと腰掛けた。

「ね、ね、かおりんは大丈夫? 弟さんの面倒とかあるでしょ?」
「あの、本当に嫌なわけじゃ無いんですが。私、無理かもしれません。休日は結構混むんですようちの店――」
「あー、かおりんの家って三丁目の真心亭だよね、あそこ美味しいよねー?」
 と、スマホを操作する。

「はい、なのでお店の手伝いと――」
「あ、パパー? んーとさ、佳奈美のお願い枠まだ残ってたよね? うん、そうそう、おっけい? あ、常連さんがいなくなるようなやり方はダメだからね? うん、うんうん、パパ愛してる!! じゃね☆」

 にへへー、と満面の笑みで神田佳奈美は真堂香に振り返る。
 と、同時に、真堂香の携帯電話が鳴り――

「あ、父さん、どうしたの? うん、うん、え、休み? 手伝いはいらない? 拓真達は? 面倒は母さんと二人でみる? 羽をのばせって、ちょっと父さん!!」

 どうやら強引に電話が切れたらしい、その様子を取り囲む、神田佳奈美といつのまにかこちらの様子をうかがっている武智達。

「えへへ☆ かおりん、週末のご予定はー?」
「はぁ……週末に設備一新するからお店を閉めるそうです。弟たちも父さん達で面倒をみてくれると。というかいいんですか、これ」

 デートけってーい☆とはしゃぐ神田佳奈美。武智は未だ困惑を隠せない真堂香の肩を叩き

「まあ、諦めろ。あのお嬢様に関わる事については金銭はあまり考えない方がいい、余っているところには余っているんだ。ただ癖は強いけど悪い人じゃないんだ、気持ちはくんでもらえると助かる」
「そ、そんなものでいいですか。飲食業の設備ってうん百万するものじゃ……ひゃ!!」

 突然場違いな声を上げる真堂、その後ろには神田佳奈美が抱きついていて。

「いいんだよ、かおりん。そんなのかおりんのおっぱいをこうして揉み揉みさせてくれればいいんだよぅ……お? これはなかなか☆」
「や、……あ……ちょ、佳奈美先輩、ダメですって、……あっ」
「かおりん、スポブラなんだー? 健康的だにゃーん☆ でも乳首たったらわかっちゃうにゃーん☆?」
「いや、だからって立たそうとしないでくださいっ。あっ……あっあっ……やっ」

 真堂香の可愛らしい嬌声が響く中、新聞部室喧噪は続いていく。
 舞台は千葉幕張に広がるテーマパーク。
 超巨大観覧車ドリームスカイウェイのアベックシート。
 そこで、事件は起きるのだ。




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「で、なんなのさ。そのドリームスカイウェイって奴は?」

 当日朝。神田家が用意した車の中でその神田佳奈美がどうしても乗りたいといわれる観覧車の話題になる。

「えっへへー☆ よくぞ聞いてくれたね、ヒロくん。見よ、これがドリームスカイウェイなのだ☆」

 ドリームスカイウェイ、――超巨大観覧車。と銘打っているだけあってもの凄く大きい。世界最大の直径160M級にの観覧車には及ばないものの直径100メートルは超えている。海風が強いこの場所では限界の大きさなのだろう。だがこの観覧車の特色は大きさでは無い。スカイウェイの名の通りまさに空の道なのである。通常の観覧車は円の軌道を描くが、この観覧車は途中で90度折れ曲がる。そして海側に突き出た経路を半円を描いてまた戻ってくるのだ。

「それ観覧車じゃなくてモノレールじゃないのか?」

 と、中田のツッコミが入るが、

「まあ、ホスト側が観覧車って言い張ってるからな。あ、ドリームスカイウェイか。しかし、以上七十メートルの高度から上も下も横も海ってのは、眺め良さそうだよなぁ」

 と、武智が答える。

「構造的に大丈夫なんですか、それ……」

 とL字状に曲がったレールを真堂が不安そうに見やるが、

「ああ、それは大丈夫。この前デモンストレーションで力士二人が積載量120%常態で試乗しててなんの問題も無かったらしいぞ、夢の国ってすげーなー」

 と隣に座る権野が香のパンフレットのぞき込みながら言った。

「権野……あんたそんなに香ちゃんに近づいて大丈夫なの? 車の中でゲロはやめてよね……」

 と牧村が権野と微妙に距離を取る。

「ああ、その点は安心していい。こいつ、一回ゲロったらそれ以上の窮地に陥らない限り大丈夫だから」
「それって、それ以上になったら確実にえろっぱするってことよね……」
「まあ、そうなんだが……、ああ香ちゃん。だから二人っきりで手をつないだりそれ以上のことするときは慎重にな?」

 と、武智は真堂へ忠告する。

「大丈夫です。スーパーの袋と新聞紙を多めに持ってきました」

 真堂香は中々に出来た娘であった。

「いやいや、ミツよ。さすがにこんな高そうな車の中じゃ粗相はできねぇよ。さすがの俺でもよ……」

 そう言って神田と武智以外は周囲を見渡した。八人乗りのベンツを改造し、運転席の後ろに横向きのコの字型に設置された革張りの座席。小型の冷蔵庫に薄型テレビにオーディオ完備。どこのリムジンかとも思えるこの設備は、佳奈美専用の運転手付き遊び専用自動車である。ちなみに武智は別件何回も使ってるのでそこらへんの驚きは既にない。運転中の執事兼運転手である淀橋さんとも気心の知れた仲である。

 その後部座席の奥に中田浩二、牧村真紀。横側に権野忠敏と真堂香、そして前方に神田佳奈美と武智光博という案配である。

「あの、ちょっと気になっていたんですけど……」

 そう呟いたのは真堂香だ。

「武智先輩と神田先輩は、どんな関係なんですか?」

 それは素朴な質問。まあトリプルデートという場を用意してさらに権野と真堂、中田と牧村というペアに割り振ったのだ。当然残りは武智光博と神田佳奈美である。しかもお目当てのシートはアベックシート。されど権野や牧村いわく、二人はつきあってはいないと。それならば、この校内における有名人二人はどういう関係なのだろう。それは西秋中高校に入学した学生が必ず直面する疑問であり、夏休みが終わる頃には解消されている疑問であった。その理由は、

「ペット☆?」
「ご主人様?」

 二人が同時に答え、その後で息ぴったりにいえーいとハイタッチをする。当事者両者の答えと認識が一致しているならば、それはもはや公式発表である。学校の小間使いであり神田佳奈美のペットが武智光博であり、その主人である神田佳奈美という構図を周囲は受け入れるしか無いのだ。

「まあ、衣食住握られてるしな。俺ちゃんは佳奈美先輩の忠実な犬ですよ、わんわん!!」
「そうそう、ヒロくんは頭も切れるしアソコもおっきいし、長持ちだし優秀なわんちゃんだよー☆」

 と、神田の膝に頭をのせて服従のポーズを取る武智を、彼女は本当に大型犬をあやすようになでなでと慰める。ご主人様とそのペット。先ほど提示された答えと頭の中の想像がぴったり一致し、真堂香も例外なくこの関係を刷り込まれてしまう。

「は、はぁ……まあ、なんというか凄いですね」

 彼女の答えを慮る限りは受け入れるまではまだ時間がかかりそうだが。ちなみにアソコもおっきい、というキーワードの時何故か牧村が喉を鳴らしたのは誰も気づかなかった。ちなみに真堂香の顔は少し赤くなっている。神田佳奈美が武智の股間について言及したからであろう。

 彼女が膝上の武智を撫でるその手つきは明らかに淫欲を感じさせ、掻き立てるようなものが込められていて、嫌でも二人が一線を越えている関係と言うことが感じられた。当然そういった経験が無い真堂はどぎまぎするし、肉体関係を持っている中田と牧村だって、その濃密さを直視できない。ただ権野はまだ見慣れているというか耐性の無いのが返って幸いして普通に平常心を保っていた。

「ぶはは、ミツが学校でなんて呼ばれてるか知ってるだろ? 理事長のドーベルマンみたいなかっこいい名前やら学蓄とかアホなあだ名までついてるけど、けっこう真実に近いよな」

 と場の雰囲気を元に戻し、そしておほん、と咳払いをして言葉を続ける。

「んでさ、アベックシートってどんなやつなんよ、普通の観覧車のゴンドラと違うのか?」

 二人きりの密室ということでどうやら緊張しているようでせっかくのデートなのだからゲロ対策はなるべくしておきたい、と言うことであった。

「……別に私気にしませんけど、弟がジェットコースターで酔っちゃって世話したしたこともありますし」

 と、真堂が泣ける台詞を権野にかけているところで、神田佳奈美がじゃじゃーん☆と、パンフレットを広げる。

「おおう……」と権野が面食らい、
「これは……」と中田がどん引きし、
「えぇ……」と牧村が渋い顔をする。

 パンフレットには普通のゴンドラを三つほど連結させた大きさのものが写っており、中は向かい合って座るような作りでは無く、大きめのペアソファーというかリクライニング機能が付いてるのでソファベッドと言うべきであろう。ベッドの側面は壁で覆われているが足下や天井、そして前方は透過仕様となっており、開放感はかなりあると言える。夜にはライトアップなどされロマンチックな雰囲気で打ち上げられる花火や港の夜景が楽しめるそうだ。

「ラブホか」

 武智があっさりと真理を答え、周りが吹き出す。
 その中で神田佳奈美が自信満々に演説を始め、

「そーそー☆ 海の真上で開放感いっぱいで騎乗位って、凄い体験だと思わない? ぜぇーったい、すっごーい気持ちいよ☆? ね、ね、ね☆?」

 このデートの真の目的が明らかになり、どん引きするアベック二組。
 だが武智はどこまで平常運転である。彼はどうせこんなことだろうと思っていたのだ。

「はいはーい、佳奈美先輩そこまでそこまで。俺がその空中ラブホの中でしっかりと可愛がってあげるから、先輩の性レベルにそこらの幼気な子犬たちをまきこまないよーに!!」
「えー、一週目の後は相手とっかえて……むーむー!!」

 と、とんでもないことを言い出した神田の口を武智は素早く手で塞ぐ。

「ないないない――ないから!! 先輩は可愛い後輩達とうちの運動部のエース達の人生めちゃめちゃにしたいの? それともワイワイ仲良く国家権力様のお世話になりたいのかな? かなー?」

 そしてぐいっと武智は神田の顔を真堂へと向ける。

「ほら、あそこの権野の隣の真堂をみろ。可哀想にまるで雨に、濡れて怯えてしまっている捨てられた子猫だ。色々こっちがお世話して実家に圧力かけてまで確保したせっかくのデートが実はスワップパーティーだなんて、最近のヤクザでもそんなえげつない絵をかきませんよ?」

 そしてさらに神田の顔は中田へ。

「それにあそこでここからの物理的脱出を本気で考えている堅物バレー部キャプテンのクラスメイトの顔を見ろ。あれは今120kmでているこの車からドアを開けて飛び降りることを本気で考えている顔だ。先輩は明日の一面をスプラッタな記事で染めたいの? そこまで先輩は世紀末なの?」

 最後に武智は神田の顔を自分に戻し小声で

「幸いにして権野と牧村の馬鹿コンビは先輩の本気さにまだ気づいていない、まだ、楽しいデートはやり直せるんだ佳奈美先輩。おっけい? おっけいなら頷く、おっけいじゃないなら淀橋さんにこのままUターンしてもらう。――おっけい?」

 武智の怒濤の説得である。

「ちょっと、馬鹿コンビってなによー」

 という牧村の文句は封殺する。ここが正念場なのだ。
 そして、神田の頷きを持って武智の手が彼女の口から離された。

「……わかった。……我慢するから、そのかわりごほーびちょうだい」

 と神田は光博に小声で言う。

「……おっけい。佳奈美先輩は良い子ですよ?」

 と、武智は神田は彼女の頭を優しく撫でつつ、権野と牧村に目配せをした。

「すまんな、真堂」
「中田先輩、ちょっとごめんね」

 ここら辺のアイコンタクトは彼らの付き合いの長さ故か、権野は真堂の視界を鞄で遮り、牧村は中田の視界を両手でえい、っと塞ぐ。ちなみに中田はこの時牧村の胸の感触で頭がいっぱいで他のことはどうでもよかったそうだ。

「……ん……ふ」

 と、社内に広がる艶めかしい音とぴちゃぴちゃ、ちゅこちゅこ、という卑猥な水音。下手な性行為よりも遙かに卑猥な二人の深くてディープでフレンチなキスは口淫といっても差し支えない卑猥さだ。神田佳奈美の求めまさぐる手は武智の屈強な腕に制せられ、くねるその体は武智の幅広の胸板と懐の中で大いに擦りつけられる。唯一の接点である口元はその柔らかさの限界までぴったりとお互いに合わせられ、神田佳奈美の体の痙攣からその口の中では武智の舌が彼女の舌を捏ねて、舐って、慰めていることを容易に想像させた。

「ヒロくん……ヒロくーん……♡」

 ちゅぱりと、二人の口が離れ吐息を絡ませた後、未だ物寂しい佳奈美が舌を出し武智が吸い取る。そこからつかず離れずの肉体言語。ちゅるちゅると段々二人のキスのサイクルが短くなり、最後に名残惜しいような舌先の交換をちろちろと数分続けることで、この慰撫行為は終了した。

「はい、佳奈美先輩。ごめんなさいしようね?」

 と、武智が頭を撫でながら促すと、

「うん、みんなごめんね。……ちゃんと普通に回るから嫌いにならないでください、お願いします」

 と佳奈美が素直に頭を下げた。

「いやー、凄いのみちゃった……」
「勉強になります。神田先輩」

 ちゃっかり権野の妨害を突破していた真堂と普通に見ていた牧村が、ごっつあんです。と
 場の空気を和らげる。

「いや、女の子は強いね、これ」

 と武智がふと目をやると、実に青い顔をした権野が目に入り。

「淀橋さん、たしかあと数分でSAでしょ、たのんます。おい、トシ。男なら耐えるよな、いや耐えるよね、つーか頼む耐えてくれ、数分だからな、絶対だぞ、絶対だかんな」

 武智の懇願と、権野の無言のサムズアップをのせて、彼らの車はサービスエリアへと到着する。

 神田家お抱えの運転手である淀橋幸之助の

「光博坊ちゃま、見事でございます」

 という静かな呟きは誰にも聞かれることは無かったが。
 彼の武智に対する信頼と敬意を表していた。

 彼は知っているのだ。

 神田佳奈美のアレが、決して冗談や行き過ぎた若い突発的な衝動では無く、綿密な計画性に裏打ちされた。碌でもない破滅願望の一旦であることを。

 こうしてこのトリプルデートの最悪の結末は回避されることとなったのであるが、事件はまだ起きていない。まだ、起きてはいないのだ。

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ぬける  
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