朝の日差しが窓から差し込む。いつもより1時間半ほど早く鳴ったスマートフォンのアラームを寝ぼけ眼で止めると、彼はベッドから上半身を起こす。部屋を見回すが特段変わったことは何もない。一人暮らしの武智の部屋は静けさに包まれている。高校生という身分に似つかわしく無い、1LDKという間取り、家賃にして12万5千円+管理費5千円のこのマンションのセキュリティは割りとしっかりとしていると言っていい。最もそういった費用を出しているのは彼自身では無いのであるが。
そのオートロックにセキュリティ錠を完備したこの部屋は言うなれば武智光博のプライベートエリアである。そうであれば、と武智光博には疑問が残る。彼の右手人差し指にはめられている怪しげな指輪。それが彼に起きたことが現実であるということを示している。
ぼりぼりと武智は頭を掻き、そしてその指輪を見た。
あの夜にこの部屋で武智と出会ったのは、一体何者であったのか。
思い出せない。武智光博は全くもって思い出せない。
――結論から言えば、武智光博は「取引」をした。
――その超常的なモノに「何か」を売り渡し、この指輪を「何か」から掠め取った。
売り渡しと表現したのは、それは一般人なら躊躇すべきものだからだ。
掠め取ったと表現したのは、「何か」にとって渡すべきでなかった対価だからだ。
で、あるからして武智光博は夜に何があったかなど思い出せなくても良いと結論づけた。彼にとってそれが勝利であるならば、それは些細な事であり特に気にするべきでは無いと、武智は結論づけた。
「お、いけね。今日は早めに出ないと――」
武智光博は今日から日直である。今の彼にとって内申と成績と学校貢献こまづかいが彼にとっての生命線といって過言ではない。スポンサーである神田弘蔵の評価は武智にとって重要なポイントである。さてと、と呟くとバスタオルを手に武智はバスルームへと向かった。
武智光博が身支度を終えてドアに鍵ロックがかったのがAM6:30。学校までは電車に揺られて1時間である。普段はAM8:20分が予鈴、AM8:30からがホームルームなので、1時間ほど早い。生徒たちは週替りで教壇の清掃や、チョークなど授業で使用する備品を倉庫から取りに行く。私立なんだからそんな雑務は用務員にやらせろという声も上がっているのだが、「学校は社会の縮図。――であるならば生徒も勤労すべし」というバリバリ会社経営者である理事長の方針で、西秋中私立高等学校の校風は自由であるが、生徒に求められる勤労は異様に高い。
むしろ成績が悪くとも、学校に対して何らかの貢献をすれば内申点が高くなるというかなり訳の分からない理論がまかり通っている。学校側も調子にのって神田弘蔵りじちょうが金を持っていることをいいことに、学習意欲旺盛な生徒には惜しみなく環境を整え、専属講師を呼ぶなどしているうちに、手に職をつけてしまう生徒も少なくない。そして生徒が卒業をする頃には何らかの分野に於いてかなり高い目的意識を持つようになっており、そういった生徒を欲しがる大学や職場は多い。特別推薦枠が卒業生の3分の1もあるという学校はそうそう無いだろう。
というわけで神田弘蔵その人にとある経緯で拾われて、住まいと学校を世話してもらっている武智はこの学校の特色に染まらざるを得ない。そして本人も今の生活を気に入っているので、朝早く起きるぐらいなど正に朝飯前である。学校までは距離があれど駅まで徒歩30秒という好物件のゲートを武智が軽やかなステップで踏み出すと、彼の視界に見知った姿が飛び込んでくる。
「――あ、光博じゃんっ。おーっす!!」
快活な声と共に牧村真樹が右手を上げて挨拶をする。牧村真樹は1年生から武智とはクラスメイトである。二人の関係を端的に表すと親友、という関係が適当であろうか。サバサバした牧村と、合理的な性格の光博は何かと話があい、そして親睦を深めていった。牧村は武智の交友関係の中では珍しく彼の生い立ちを知っている人物である。一般常識に照らし合わせると、悲惨、もしくは特殊な部類に入るであろう武智の高校入学までの人生を、ふーんすごいね、でもいま楽しそうだからいいじゃんいいじゃん、と軽く流したその感性は武智にとってはわりと好ましい印象を与えた。同情を誘ってその豊満な胸でも揉ませてもらおうと思ったのに、という武智の呟きに、笑顔であっはっはーとビンタしたのが二人の関係の始まりであった。
「おう、真樹早いじゃん、バレー部の朝練?」
少し気だるそうな牧村に武智が並んで歩き、他愛のない会話が始まる。
「――ちっがーう。私も日直だってば。金曜日に確認したじゃん。朝練いけるなら行きたいよぉ、大会前だし……、はーめんどくさい」
「おう、そうだったか。んじゃ一週間は同じ電車か。ま、気楽にいこうぜ?」
がっくりと肩を落とす牧村を横目に武智はニコニコと笑いかける。その視線の先では指定制服のブレザーを押し上げている牧村のたわわな双丘がそこにあった。
「はぁ……あんたねー、その人の胸見て話すのどうにかならないの……?」
もう慣れたと言わんばかりにジト目で武智を睨む牧村。
「いや、お前の胸は罪だろ。ある意味罰させられるべき」
「はいはい何の罪だっての。――あー、なんで男はこんな脂肪の塊がいいのかねぇ、重いし、ジロジロ見られるし、痴漢に会うし、イイトコなんて何もないわー……」
改札を通り、ホームに並ぶ。
実際、牧村真樹のスタイルはいい。少しラフなショートボブから覗く顔立ちは整っているし、性格も良い。バレー部に所属しているだけあって、締まるところは締まっている。くびれた腰のラインはものすごく扇情的だし、ボリュームのある胸元は言わずもがな。それに、何より、――春休みに3年生の中田浩二と付き合い始めてから、ぐっと可愛くなったのだ。
当然ながら、牧村真樹はその容姿と性格からして、数多くの男子生徒のオカズとなっていたわけなのだが、その牧村に男ができたともなれば話が大きく変わる。あの胸が、あの尻が、あの口元が、男に弄られるということがより現実的に具体的に思春期の男子生徒の中で映像化され、謂れ無き悶々とした本能からの欲求が彼らの下半身を直撃したのである。
つまりは、
「あはは、うん、付き合うことにしたのだよー、先輩と」
という、真樹とその友人達の間で何気なく話したその一言が、彼らの耳孔を通り大脳に達して認識した瞬間に、クラスメイトの男子の中で牧村真樹の体は既に揉まれているかもしれない、いやはや吸われているかもしれない、はたまたもしかしたら突かれているかもしれない。という妄想が一瞬にして駆け巡り。当然のごとく、その夜、クラスメイト達は元気で可愛い牧村真樹を頭のなかでめちゃくちゃに犯したことだろう。当然、その日を境にクラスメイト達の彼女を見る目が変わる。異性を意識した視線は、牧村真樹のあどけない色気を逆に育てた。というわけで、――雰囲気レベルでめちゃくちゃ可愛くなってきたのである。痴漢に目を付けられるのも当然か、と武智は牧村を横目で見ながら納得した。
――武智は牧村に対して親愛の情は有っても愛情は無い。
なので武智は、大変だなお前も、と一言つぶやき、少し込み気味の電車に乗り込む時に端を空けて武智は牧村を誘導する。車両は一番後ろ。通勤のピークでないとはいえ、座れる場所はないもの、立っている乗客はまばら程度である。学校までは1時間。おそらく30分も乗ればこの電車はぎゅうぎゅうの満員電車だ。車両の角に牧村を移動させ、その前に武智が立つ。こうすれば満員になっても牧村が痴漢に合う可能性は少ないだろう。
「そういえばさ、こんど西秋通信で運動部の特集やるからさ、写真とらせてくんね、ユニフォーム姿で」
「ああ、新入部員勧誘用の? おっけーおっけー、あたしらの学年でいいの?」
「おう、可愛い子頼むぜ、あと男子にも声かけといてくんね? ああそうそう、中田先輩NGな? 彼女持ちのリア充は、嫉妬あるべ?」
「――はぁ? それなら彼女の私はどーなるのよ?」
「お前はエロい、それだけで部数が稼げる」
「……言うと思ったけど本当に言うとは思わなかったわ……はぁ」
と、二人が忌憚のない会話をしていると、電車の扉が開き乗客がなだれ込んでくる。時刻はAM7:00、ベットタウンど真ん中のこの駅から30分。学校前までラッシュアワーの始まりである。
「あたた、たた……あいかわらず混むなぁ、この時間帯」
「直通且つ特快だからな、しょうがねーべ?」
密着した二人の間で小声のやりとり。
「あっちゃー、ブレザーのボタン飛んでる、ったくもー最悪だよぉ……」
「おう、まあ仕方ないっちゃ仕方ないな、デカイもんな、うん」
「……うっさいばか光博」
そう呟いて上目遣いで牧村は武智を見る。
――武智は牧村に対して親愛の情は有っても愛情は無い。
先ほどこのように記述したが、少々正確ではない。
――武智は牧村に対して親愛の情は有っても愛情は無い。
――愛情は無いが劣情や欲情、征服欲や所有欲ならごまんとある。
電車が揺れる。乗客も揺れる。当然密着している二人も揺れる。状況が幾分気まずいのは武智も牧村もお互いに理解している。胸が潰れるほど密着している状況を打開しようとお互いに体をずらす。それが間違いの一歩であった。
まず、その違和感には牧村が気づいた。お互い体をずらし、離したせいで牧村の左胸の先端が、電車の揺れに合わせて定期的に武智の体に擦れていく。
――すり、すりり
と、ブラウス越しに、ブラジャー越しに、牧村の乳首がささやかに主張をし始めた。それは、しびれるような甘い感覚。今の時点では彼女だけにしかわからないことである。じーんとしびれるように響く、さきっぽから供給されるじれったさと心地よさ。彼女に取って未経験の感覚である。
(中田先輩に触られた時だって、こんなになったこと無いのに……)
硬くなり始めている彼女の乳首。電車の揺れと乗客の乗降の振動で、その感覚は小いさな波から、ずきんとする重いうずきとなり、すりすりと、武智の体に牧村の左胸がこすれる度に彼女の乳首はブラの中で固くなっていった。
ごくん、と牧村の喉がなる。
当然、牧村の呼吸に変化が起き、吐息が甘くなる。
――がたんごとん。電車は止まらない。
いつもの牧村であれば、すぐにはだけたブレザーをずらし、武智をひと睨みしてこの窮地を脱していただろう。
――牧村がごくん、と再び喉を鳴らす。
彼女は元来、胸が感じる性質たちではなかった。故にずっと胸を見てくるクラスメイトや男友達に辟易していた。中田浩二と付き合ってからも、彼が彼女の胸を求める時は少しどこかで冷めていた。
――気持よくないから。そう、あまり気持よくないから。
気持よくないから。彼女は自分の大きな胸をどこかで疎ましく思っていた。
故に、牧村真樹は混乱する。
――すり
この感覚はなんだろう、と
――さすり
すごくいい、と
原因はわからない。理由も考えられない。喜びとはそういうものだ。本能とはそういうものだ。ただ牧村真樹は、圧迫された布の中で、必死に背伸びしている先端の頭を撫でてもらいたいと感じた。電車の揺れに合わせて目の前の武智の体に先端が触れると、それがものすごい幸せなことに思えた。
牧村も武智本人も気づかない所で、武智の中指の指輪が怪しく光っていた。
「………………ぁ…………ぁ」
満杯のコップから吐息という名の水が静かに溢れだす。そして、当然至近距離の武智は牧村の異常事態にとっくに気付き、牧村は今を持って正気にもどった。正気に戻ったついでに、牧村は自分の太ももの違和感に気づき――
「……ちょっ……あんた何カタくしてんのよ……っ」
「……しょうがねぇだろ、お前が胸こすりつけて感じてるから」
「……はぁ? さいってー、サルみたいにサカッてるのはあんたじゃない」
普段の牧村は武智に対してこんな理不尽な態度は取らない。それだけ牧村の脳髄は、初めて感じる乳首の快感にかき回されてしまった結果かもしれなかった。
そんなことはつゆ知らず、武智はすこし苛ついていた。確かに武智が牧村の胸で勃起をしたのは悪いことをしたと思っている。女子としては、羞恥心はもちろん、それだけではなく嫌悪感を抱いていたのかもしれない。だが牧村は不可抗力なことに対して、一方的にそんな理不尽な物言いをする女子ではなかった。彼女の言動にはなにか別の要素の戸惑いと、焦り、不安を感じさせる物があった。武智光博は聡い。そんな彼女を大人の対応でなだめようとした時である。
「――中田先輩にいいつけるからね」
この言葉が武智に大人の対応を取らせることを留まらせてしまった。おいおいと、そもそも真樹おまえと中田せんぱいの間を取り持ったのは俺じゃねーかと、今目出度く付き合っている二人の功労者である俺に対してそれはなんなの、と。思ってしまった。武智の中で、親愛と劣情欲情その他色々の芳しくない感情との天秤のバランスがガタンと崩れる。
「――じゃあ、お前はどうなの?」
それは感情的な証明行為。武智は牧村の左胸の先端を指の下腹でなであげる。その途端に牧村の体にぞくりと快感が走る。彼女の胸と武智の指の間にはブラがあり、ブラウスがあるが、武智の指先が牧村の胸の先端に触れた途端、牧村の乳首はかつて無いほど硬く凝り固まった。
「…………ぁっ」
牧村は武智の顔を思い切り良くひっぱたこうとしたが、うまく体が動かない。ただ指先で擦られているだけで今まで感じたこともない快感と開放感、そして安心感が彼女を襲う。そんな中、かろうじて彼女が出せた言葉は、
「……やめてよ」
の一言である。
くにくにと、すりすりと武智の指が牧村の左胸の先端を撫でる。ブラウスの上を武智の人差し指や中指が這いまわる。くにん、くにん、と上からひっかき、するりするり、と下から跳ねる。
「いやなら、手でどければ?」
と武智は囁くが、牧村は睨むだけでなぜか行動を起こさない。彼女はリュックを背負っているだけで両手は開いている。武智の手をつかむなり、はねのけるなりは十分できる。無抵抗な牧村をよそに、武智はブラウスの中で硬く勃起してしまっている牧村の乳首を探し当てる。服の上から明らかに張っている部分を武智は親指と中指で優しく挟み込み、ぷにぷにと軽く押しつぶす。その時、供給される快感が、牧村の中で胸を良いようにされる恥ずかしさや悔しさを上回る。ぷにぷに、と服の上から優しく挟まれる度に、牧村の喉がごくんと鳴り、生唾を飲み込み、そしては中途半端に開いた口から吐息が漏れる。
「…………ぁ……………ぅ♡」
ふうふうと息が荒くなり、声がでそうになる牧村は右手を口に当てて耐える。その間武智は牧村の右胸も同時に弄りはじめる。満員電車の角、ひしめく乗客の中牧村の両乳首は弄ばれる。彼氏である中田浩二のぎこちなく粗い愛撫ではここまでそそり立つことがなかった先端から、クリトリスのような刺激的な快感が絶えず送られてくる。
――そして、牧村真樹にとって選択の時がやってくる。耳元でささやく武智の言葉。
「真樹、ブラウスのボタン外せよ」
牧村は首を横に振る。
武智は乳首をふにふにと弄る。
牧村の体が震えて声が出そうになる。
「ほら、やめちゃうよ?」
「…………えっ?」
それは牧村本人にとっても意外な反応であった。牧村の体は言っている。もっと、弄ってほしいと、この布の中で凝り固まっている突起を転がしてほしいと。
武智がきゅ、っと牧村の乳首を親指と中指で潰す。
「……ゃ♡、だめだってば……」
「……別にこのままでもいいけど?」
武智の言葉は牧村にとって抗い難かった。今の乳首への刺激は牧村にとってかつてない甘美な響きを脳髄に響かせた。きもちい、きもちいと牧村の体が嘶く。だがしかし、すんでの所で彼女の羞恥心が体の暴走に歯止めをかける。牧村は確信する。これを続けられては声がきっと出てしまう。その一線を超えるほど、牧村の覚悟はまだ決まっていなかった。
牧村がそう考えている間も、すりすり、と武智が指で彼女を急かしていく。
「……ぁ……ゃ…………ゃっ」
悔しそうな表情を湛えながら、――しかし、口元は甘く緩みながら、牧村の両手が胸元へと移動する。せめぎ合う思考の中で、ついに彼女は折れてしまった。そう、牧村は初めて感じた胸の気持ちよさのその先を知りたくなってしまったのだ。自分は武智に屈服したのではない。そう言い聞かせながらも、彼女は諦めたようにボタンをゆっくりと外す。外されたボタンは3つ。緩んだブラウスを引くと、牧村のたわわな谷間とかわいらしいブラの生地が見えた。
武智の手が牧村の服の中へと侵入する。谷間に手を入れ、たぷたぷと牧村の胸を揺らす。牧村はその行為を予想していなかったようで勃起した乳首がブラに擦れてびくんと肩を寄せる。
「――ん♡」
と、牧村は思わず声が漏れるが両手で口を塞ぎ耐える。ずり落ちそうな牧村の足の間に武智が太ももを差し入れ立たせるが、逆に潤った股間に太ももが擦れ、牧村は声にならない声で抗議をした。
そんな牧村を見ながら、武智はあることを思いつく。中田浩二の彼女というステータスを持つ牧村。
――武智光博は人のものがよく見えてしまう。そう、狂おしいほどに。
にやりと笑った武智の左手には録画モードに切り替えたスマホが握られていた。それに気づいた牧村は、さすがにそれは受け入れられないと、右手で武智の左手を掴む。……掴むが、それだけだった。武智がスマホをくるりと自撮りにしてひっくり返す。武智の右手は牧村の左胸の先端をブラウス越しにはっきりと主張している突起をくにくにと弄んでいる。
「……ぁ…………ゃ」
そんな行為に顔を赤くして、口元を緩ませている自分を、牧村はスマホ越しにしっかりと見てしまった。そしてその隙に武智の右手が、するりと牧村の開いた胸元に滑りこむ。
まずは左胸のブラの上から乳首を探し当てられ、布越しにいい子いい子するように撫でられる。びく、びく、と牧村の体が震えて跳ねる。続いて武智の指はブラの中身へ進入。かつて無いほど硬く聳え立った牧村の左乳首の頭がぷに、と押され、乳房に埋められる。
「…………ふあ♡」
それは牧村に取って思っても見なかった声だった。くぐもりつつも我慢しつつも抑えきれなかった快感の声。今、間違いなく牧村真樹の体は左乳首を直に武智光博に撫でられることで、鳴かされたのだ。
それを自覚した瞬間、牧村真樹の思考回路が歪に組み変わる。そう、こんな声を出させられては、意志に反して鳴かされてはたまったものではない。ヘタすれば電車内で騒ぎになってしまう。
――それでは、長く楽しめない。
と、そこまで考えた所で牧村は正気に戻る。自分は一体何を考えていたのかと。
「……みつひろ、ちょっとやばいってば」
そう武智に囁く牧村。
武智も危うさに気づいたようで、わかったわかった、という表情をし、
そこで牧村は自分と武智の決定的な意識の差を思い知らされる。
ボタンを掛け始めた牧村の指の隙間に武智の指が侵入し、フロントホックの留め金がパチン、と外される。重力に従い牧村の胸がぼろん、と圧迫から開放され。こんな狭いスペースで元の位置に直すこともできず。ブラの前は開き服の中で横にずれていく。
牧村のブラウス越しに収まった形のよい双丘2つの突起があらわれた。そして武智は牧村の胸の突起に指を添えると。
「ほら、自分で動けよ、それなら声出ないべ?」
そう武智は牧村に囁いた。
「……あんた、馬鹿じゃないの、そんなこと……」
心底呆れた声を牧村は出すが……、出すのではあるが。
いつの間にか武智の左手を掴んでいた牧村の右手は離れている。
今、彼女の右手は彼女の口元にある。声を抑えるために指を加えているらしい。
そして彼女の左手は武智の右手首を掴んでいる。どうやら牧村の好みは乳首の愛撫ではなく、手のひらでその大きな胸をゆっくりと揉み込むことらしい。武智の手のひらには牧村の意志でむぎゅっと彼女の左胸が押し付けられている。時折指を武智がくにくにとすると、手のひらに感じる突起が硬くなるのがわかる。
武智の左手のスマホは依然稼働している。
そんななか武智は牧村の耳元で囁く。
牧村の口元からは躊躇いがちに――
「……ぁ……ぁ……うん、きもちい、……ぁ♡」
電車は特快。今から20分は止まらない。
牧村は、自分の指でも、中田浩二の指でも到達することのなかった感覚に身を委ねる。
気持ちがいいのだ。
とにかく、武智の指は気持ちがいいのだと。
牧村真樹は、――ぎぃ、っと、どこかで何かが歪んだ音がしたが、今は気に留めることはできなかった。