「なにこれ、なーにこれ?」
後ろ手に指錠。足にももれなく枷が付けられていて、誰がどう見ても絶賛拘束中である。それもそのはずだ。俺は敗軍の将で、かの決戦で祖国に甚大な被害をもたらした無能将官で、目の前に突如現れた魔導帝国の人型兵器にあっという間に身柄をかっ攫われて、こうしておめおめと敵軍組織の中で生き恥を晒している。
……いや、実際はちょっと違うんだよ?
ちょっと俺の上官が判断をミスっちゃって兵站切れちゃったとか、そのせいで橋頭堡である川向こう(敵から見れば川手前)の最前線基地を技術や情報の流出を防ぐために爆破処理せざるを得なかったとか、その手順にはさっさと逃亡した上官を覗けば俺クラスの認証が必要で最後まで残らざるをえなかったとか。あー、あと部下の待避を優先させて最後まで殿を務めたのもまずかったね。
自慢じゃないが俺はわけのわからん理論で光線撃ってくる対魔導帝国《アルカディア》に対しては、割とアドバンテージがある体質だ。と言ってもあの土塁を薙ぎ払って蒸発させる類いの、理不尽光線を喰らってピンピンしているというわけじゃ無い。
あんなものを食らって生きていたらそもそも人間じゃないし、この戦争にだって楽に勝っている。俺にはただ魔導帝国十八番の魔導精神波に耐性があるだけだ。だから精神妨害を受けず、正しい判断を下せる人材として最前線とは言え作戦部に配属されたし、また今回の殿軍の指揮も流れで務めることになってしまった。
殿は別にいい。せっかくの部下を無碍に殺してしまうのも忍びない。兵士一人一人にだって家族がいるのだ。これが泥沼の防衛戦ならまだしも、陣地放棄前提の撤退戦ともなれば、なるべく無駄死にはさせたくない。どうせ敵はこの大河を越えては容易に攻めてこれないことは歴史が証明している。
……だからこそ、我々機械帝国《マキナルーク》にとっては、この"川向こう"に築けた陣地放棄は手痛い結果だった。もはやこの大河を越えて橋頭堡を築けるチャンスなどそうはない。
魔導帝国《アルカディア》と機械帝国《マキナルーク》。一つの大陸に巨大な大河を挟んだ二つの国家。一方は魔導科学という文明が育ち、もう一方は機械科学という文明が育った。この二つの国家は昔から、もうずっと昔から、途方もない昔から、大河を挟んで戦争を続けている。開戦理由や平和条約など、もうどこへやら。話す言葉は一緒なのに全く異なる文化成長を数千年レベルで育んでしまった今、無条件に敵対し続けることが日常となってしまった。もはやこの争いを解決することなどもはや不可能に近いかもしれない。ぶっちゃけると、この俺も終わるとは思っていない。
何せお互いに"川向こう"という言葉が最上級の侮蔑を表している有様だ。言葉が一緒なのだから種のや文化のルーツも一緒の道理であるのだが、その事実を踏まえても相容れない何かが、お互いの国家の中で歴史として醸造されてしまっているのだ。多くの平和主義者や歴史学者がそれを突き止めて、この事態の解決を試みようとしたがそれも全て徒労に終わっている。
いくつか理由があるのだが、そもそも相手国家の研究自体がままならない。
大陸を分かつ分厚い大河が物理的な干渉を阻むのだ。
向こう岸が見えないくらいだだっ広い河。場所によっては逆流している箇所もある海のような大河川。この大陸を分かち、南側の高山地帯から北側へと流れ込んでいるこの無駄に広大な河は、河口付近で線対称にうねるような海流を生み出し、北と南の海の境で理不尽な程の不可思議海流を形成している。そして肝心の南側は険しい山脈と切り立った岩山で険しく、川路は戦域、空路に至ってはまだ長距離航空技術がそこまで至っていない。魔導帝国と機械帝国はいわゆる川を挟んで数百年? いやもっとかもしれない長い間、断絶中なのだ。とにかくお互いにコミュニケーションが著しく取り行い難いこの大陸で和解の糸口などあったものではないだろう。
文化も技術もお互いの"こちら側"で完結している世界。といっても俺は機械帝国側の情報しか俺は把握していないが、相手も同じようなモノだろう。毎年軍の規模が大きくなるのにこうして魔導帝国に跳ね返されているのだから。戦争資源も枯渇する見込みも全くない。きっと向こうだって同じようなものだろう。不思議なもんだ、平和より戦争が推奨されるこの状況。満たされているが故に争いが絶えない。ご丁寧に自分たちの飯と住処と家族と、顔さえ見えず、気兼ねなく憎める不倶戴天の敵までもが用意されている。
話を戻そう。それで、なんで俺が今こうして生き恥を晒しているかということだ。基本的に"川向こう"と"こちら側"で捕虜に関する条約などは無い。そもそもその意味が無いからだ。これは先ほどの敵国の研究が進まない最大の理由でもある。
"川向こうに長くいた奴は頭がおかしくなって死ぬ"
"川向こうに行った奴は、呼吸ができなくなって死ぬ"
この言葉の意味がわかるか?
前者が機械帝国に古くから伝わる格言で、後者が魔導帝国代々の言い伝えだそうだ。正直俺は眉唾物だと思っていたよ。だが俺以外の捕虜はみーんな捕らえられてその日に奇声を上げて死んじまった。いやあショックだったね。俺もこんなふうに死んでいくかと思ったよ。なんせ魔導帝国の精神波は戦場でもやっかいな代物だ。俺は全く効かない体質でそれほど気にしていなかったんだが、アイツらの兵器、……魔導具っていったかな。そいつらを動かしたときにでる余波みたいなもんらしい。頭の中に直接手を入れられてこね回されるような感覚なんだとか。何それ怖い。
愕然としたね。もう"川向こう"と俺たちとじゃ人間としての作りが違うんだ。そんなこんなで驚いていたらさ、俺を捕まえた魔導帝国の奴らが言うんだよ。お前らも同じようなもんだろ。 ……ってな。むしろ何でお前は死なないんだ? とか不思議がられる始末だ。よくよくその理由を聞いてみれば、こっちの奴らは俺たちの街に長いこといると息が詰まってそのまま死んじまうそうだ。軟弱にも程があるってせせ笑ったら、今生きている俺に言われるならそうなんだろうって納得されたよ。
最も機械帝国側が魔導兵を捕獲することなんてできないのだ。魔導対機械の戦いは質対数。一匹の光線を吐く鉄板ゴリラ魔導巨兵に対して、大隊総出で鉛玉をぶち込み続けてようやく対等だ。そんな化け物達が俺たちの国の空気を吸っただけで死ぬって? 無事に帰ったら技術部に工場地帯の空気を詰めた爆弾を作れるか聞いていよう。……帰れたらだけど。
んでな、んでんで、んでな?
その魔導帝国内でもピンピンしている俺ちゃんを見たらさ、敵さんどうすると思う? 俺はどうされると思う? わかるだろ? わかるよな。俺を拘束拷問して情報を引き出したり鬱憤を晴らすよりも、もっと大事なことがあるってことに。
簡単なクイズだ。自分の家に殺虫剤が効かないスーパーな害虫がでたら、どうする? そいつらが増えて、繁殖する前に家主はどんな判断を下す?
こいつら魔導帝国から見れば俺みたいな精神波を平然と耐える機械帝国の人間は致命的なんだよ。俺みたいな奴が沢山生まれて増えればきっと今のバランスは機械帝国側に崩れ出す。だからさ、試す必要があるんだよ。俺って存在が、どれだけ強力な魔導精神波を浴びれば死んじまうのかを。
魔導具から出る余波なんかじゃない、本気のマジもんの辛い何かを今から俺は浴びせられ続ける。そして死んだら死んだで、わけのわからん魔導具とわけのわからん力で頭と体を隅々まで調べ上げられた挙げ句、最後は豚の餌にもなれずに細切れにされて大河に流されるんだって。
『致命的敵性因子に対する、脳への直接魔導精神波による外科的耐久実験』とかいう、それはもう誰が聞いても、涙も涎も小便もお漏らしジョバジョバな非人間的な実験許可が降りたらしい。こんな時だけ言葉が通じてしまうのを恨んでしまう。全身拘束の上、俺の眼球が強制的に器具で固定される。乾いた俺の眼球が見つめる先には、先端を青白い魔導光とやらで熱せられた極細の針金達が、回転しながら、俺の眼底を入口にして脳髄をかき混ぜようとわくわくしているのが見える。
「……終わった、これマジ終わった」
俺が全てを諦めたその時だ。だが幸運か不幸か、けたたましく鳴り響く警報音と共に、機械帝国《元祖国》の第二次侵攻が始まったんだ。
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