そんなこんなで、特に危険もなく、カイル、アルフレッド、カレンの三人はダンジョン地下五階の階段を降り、目当ての区画まで到着する。
「んじゃ俺はここまでだね、最後に一つだけ忠告しておくけど、俺が聞いた条件をあまり鵜呑みにしないほうがいいと思うよ」
そんなカイルの言葉に、どういうこと? と、カレンは首をかしげるが、一方アルフレッドは予想していたように口を開いた。
「ああ、提示された条件は事実だけど真実じゃない、そういうことでしょ?」
と、カイルに確認をとる。
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・地下五階にはレア鉱石が居並ぶ区画がある。
・地下五階には侵入できる条件が決まっている。
・条件は不明だがその条件を満たさないものには階段すら現れない。
・自分カイルはその条件を満たしたらしい。
・ヴァンデル鉱のクエストはモンスター二匹との追っかけっこである。
・時間までモンスターから逃げまわるか、KOすればクエスト報酬が手に入る
・ギブアップの場合はペナルティがあるが、命は奪われない
・人数制限二名
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「――つまり、カイルが言いたいのはこういうことだよカレン。挙げられたクエスト条件は確かに事実だ。だけど、真実じゃない。始まってみたら別の条件がいきなり加わったり、モンスターがとんでもなく強いものだったり、クエスト区画の中では使える魔法やアイテムが限られたりなんてすることがあったんだね、――キミの時にも」
「相変わらずアルは察しがいいな。まさにそれだ。報酬に見合った「後出しジャンケン」みたいなものは当然あると思って挑んだほうがいいと思――ぶゴスッ」
と、カイルが喋り終える前にカレンの蹴り足がカイルの後頭部に命中する。
「――ちょっと!! なんでそんな大事なことを今更言うのよ!!」
その不意打ちにカイルは地面に頭から激突する。尚も追撃をしようとするカレンをアルフレッドはどうどう、となだめながら口を開いた。
「まあまあ、落ち着いてカレン。どのみちボクは予測していたし、そのための準備もしてきた。ヴァンダル鉱の塊なんて小さい城一つ買えるほどの報酬なんだから、カレンも話がウマすぎると思ったでしょ?」
「――それは、そうだけど」
と、アルフレッドの仲裁に、さくっと納得しかけるカレン。
「――おぃいい!! それで納得すんのかよ。俺は蹴られ損もいいとこだぞ、モルァ!!」
結構危険な角度で地面に突っ込んだカイルが何事も無かったかのように起き上がる。
――しかし、
「うっさい、いーじゃん、アンタ頑丈しか取り柄無いじゃない」
「怪我がないみたいで何よりだね、ちゃんと報酬ゲットしたらお礼はするから」
と、二人は非情な言葉をカイルに投げかけるのであった。
(お、おのれ~……このクソ女ぁあああ、その威勢も今のうちッスよぉおおお? 徹様にお願いして、その綺麗な顔とおっぱいをぐっちょんぐっちょんの、ぐっちゃんぐっちゃんの、ずっちょんずっちょんに、歪ませてやるッスからねぇ~?)
カイルの中で、増幅された恨みつらみが性欲と言う名の暴力に変換されていく。大事なところが人任せなのが彼の都合の良い所なのだが、それはきっと変遷ブロックをもってしても治らない彼の性格なのだろう。
「――んで、いつまで抱きあってるのお前ら?」
勇むカレンを抑えるために後ろから彼女を抱きとめているアルフレッド。身長の関係上、アルフレッドの手はカレンのお腹に回され、その腕に乗るようにカレンの胸がむにん、と下から押し上げられ、強調されていた。
「あ、ごめん、カレン。――ええと、気持よかったよ?」
ぱ、とその手を離し、ははは、と苦笑いするアルフレッド。
「うううう、……うううううぅ、――なんでアンタはそんなに余裕なのよぉ、もう!!」
自分で押し付けるのは構わないが、人からそれを指摘されるのは恥ずかしいらしく、カレンは顔を真赤にして身じろいだ。
「いいから、もう行けッス、――このバカップル」
しっし、と手をひらひらさせ、さっさと区画に入れと促すカイル。もはや変遷後の口調がでていることも気づかない。それに対して、べー、と舌を出して威嚇するカレンにアルフレッドはこっそり耳打ちをする。
「大丈夫、安心してカレン。後出しジャンケンが使えるのは相手だけじゃないから」
そんな頼りない外見とは裏腹に、ここぞという時にぐいぐいとひっぱるアルフレッドの行動力は、カレンの女心にまさにドストライクなのであった。
(――ああ、アル、アルっ、かわいくてちっこくて時々男らしいなんて、この子はなんて私好みなのっ)
そんなカレンの内心など、露知らず。
(――カレン、ボクは今日こそ、今日こそ夢を叶えて、――キミに相応しい男になるよ)
と、アルフレッドは心の内に誓うのであった。
この二人の一途にして純朴な思いと願い。それは徹の悪意と性欲が入り込む絶好の隙だということを二人は、結局全てが終わるまで気づくことは無かった。
そして、二人は区画に足を踏み入れる。
【挑戦者の入場を確認しました。以降入り口ブロックは閉鎖されます】
(ふぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいしゅ!!)
という声が、広大なダンジョンの何処かで響くが勿論二人には届かない。
そして、遠視投映ディスプレイがカレンとアルフレッドの前に表示されるなか、障壁の向こうでカイルの姿がどろりと立ち消えた。
しかし、二人はそのことに気づかない。
それもそのはずである。今まさに彼らの目の前には、希望あふれる未来の可能性を叶えるための条件が提示されている最中であるのだ。――案内役カイルの所在など意識を割いている場合ではないのである。――そして、こうなってしまったら人は平常ではいられない。その欲がある限り、徐々に自分達の思考と精神こころが、それに侵食おかされ始めることを、人はただ受け入れるしかないのである。。
【忍耐の横道 ヴァンダル鉱クエスト】
【クリア条件】24時間クエストブロック内に留まりモンスターから逃げ続けるか倒し切ること。
【報酬】ヴァンデル鉱の塊
【ブロック数】3つ【入り口ブロック】【クエストブロック】【報酬ブロック】
【制限時間】24時間
【制限事項】クリアーもしくはギブアップまで【クエストブロック】からの脱出不可、【入口ブロック】からの脱出不可
【クリア条件を満たすことで、全てのブロックの概念障壁が解除されます。クエストブロックに挑戦者の全身が入り次第、クエストがスタートします。ギブアップの場合は挑戦者にペナルティが与えられます】
「概ねカイルの言った通りね……」
カレンは条件をみて、アルフレッドに確認するように見る。
「うん、でも説明段階でいきなり入り口ブロックから脱出不可。いきなり後出し条件が出てきた。想定内だけど気は抜けないよ」
うん、と頷くカレン。彼女の挑む気がまだ萎えて無いのを確認するとアルフレッドは声を上げる。
「質問いいかな? アイテムや魔法の使用制限はあるの?」
アルフレッドの言葉に、即座に遠視投映が反応する。
【特に制限はございません、いかなるアイテムも魔法もご自由にご利用下さい】
(――よし!!)
遠視投映に映しだされたその文字を見て、アルフレッドは心のなかでガッツポーズをする。そして、懐から幾つかのアイテムをわたし、カレンがそれの意味を理解したことを確認すると、大きくカレンに対して頷いた。
【クリア条件を満たすことで、報酬区画の概念障壁が解除されます。クエスト区画に挑戦者の全身が入り次第、クエストがスタートします。ギブアップの場合は挑戦者にペナルティが与えられます】
そして、繰り返し表示される遠視投映を横目に、カレンとアルフレッドはクエストブロックに向けて、迷いなく歩を進める。そして二人、お互いに顔を見合わせ呟く。
「――アル、私も内心ちょこっとびびってたけど」
「――うん、案外ちょろかった。ボク達の勝ちだ」
【挑戦者のクエストブロック侵入を確認いたしました。
『発情強化オークから24時間逃げ切ったらヴァンダル鉱』
クエストスタートいたします】
遠視投映の文字の発現と同時に入り口ブロックの地面がぱっくりと割れ、中から筋肉質の緑の塊がどかん、と飛び出し、ポーズを決める。
「――ブモブモブモォオオオ(さあ、狩りの始まりだ!!)」
「――ブモモォ!!」(ウイッス!!)
マスターロッドの機能の一つ、記憶変体(メモル・メタモル)。今まで全てのマスターロッド使用者が過去に変遷や増強などを用いて、支配領域から生み出したモノを生物無機物問わず、対象を変形変化変身変体させる変態機能である。つまり言わずもがな、この二つの醜悪な緑色の塊は、記憶変体で発情強化オークに変身した徹とカイルであった。
「うわぁ……趣味悪ぅ」
「なるほど、ペナルティの内容も予想できるね……」
入り口の障壁を超えて二匹のモンスターがアルフレッドとカレンへ襲いかかる。
「――逃げるよ!!」
と、アルフレッドが叫んだ瞬間、それは起きた。
通路を真ん中から裂くように壁が現れ、カレンとアルフレッドを分断する。
「ブモ?」
と、驚いたのは徹その人であった。徹は今回こんなギミックなど設置していなかったからである。その壁はアルフレッドとカレンだけでなく、徹とカイルをも分断していたからだ。
[――てめぇ、こらカイル!!]
と、徹は念話で、カイルを咎めるが、
[うひょっほー、今回は自分が釣ってきたッスから、一番槍ぐらいはさせてほしいッス~!! ほ~れほれほれ、そのゆっさゆっさ揺れるおっぱいをお仕置きしてやるッスよ~ッ]
と、どうしようもない返答が返ってきた。
「あのバカイルめ……、――まあいいか」
この壁をぶち破って、あちらを追うのは容易いが、入口ブロックの二人のやり取りの意味を理解していた徹はその選択肢を選ぶことを止めた。
「ま、どーせ手詰まりになって戻ってくるだろうしな」
となれば、この二人を崩すには手順を踏まねばなるまいと、徹は目の前から遠ざかる小柄なアルフレッドを追い立てるべく、ドスドスと走りだすのであった。
「――カレン、聞こえる? とにかく距離をとって。――後はわかるね・・・・・・・?」
「ブモブモ(くっくっく、狙いは分かるけど、それは悪手だぜぇ、アルフレッドくん?)」
そんなアルフレッドの指示をあざ笑うように、徹が口を開く。しかし今はただ、ブモブモとオークの鳴き声がダンジョンに響くのだけであった。