さて、修学旅行も三日目となれば、いくら体力旺盛な十代まっさかりの生徒達と言えど、この炎天下の中遊び続けるという生徒は多くない。遊び疲れて室内でぐーすかと寝息を立てているものもいれば、お菓子をなどを持ち寄り和気藹々と持ち込んだゲームに興じるものもいる。そして初日と二日目で色々と忙殺された裏方の生徒達がようやく羽を伸ばし始めるのもこの三日目だ。もっとも出店組の本番はこの後に続く夏休みであるので、今日もせっせと商売の日々である。
そしてお馴染みの海水浴場管理班の仮説テントである。初日ほどではないものの、ビーチは以前人気ナンバーワンのスポットである。監視員たる学蓄武智光博は、今日も今日とてビーチの安全を守るため、活動中であった。
「あのさー、結城姉妹ズ?」
茹だるような暑さの中、生徒管理の為の端末をカタカタと打ちながら武智は呟いた。
「そのさー……」
さんさんと輝く太陽。照り返す白い砂浜。外は今日も快晴である。しかし、隣にいる結城姉妹は、Tシャツですらない上下ジャージのフル装備であった。
「暑くね?」
武智の問いに、結城姉妹は無言である。初日夜の和気藹々とした雰囲気はどこへといってしまったのであろうかと武智は首を傾げる。どこかしら重い空気に包まれつつある仮設テントを救ったのは牧村真樹だ。
「おほーい、光博ー、お水ちょーだい。キンッキンに冷えてるヤツでね!!」
三日間連続海水浴場皆勤賞だけあって彼女の肌は既にほんのり日に焼けており、おそらく健康的な水着跡が刻まれているだろう。旅行後に牧村の透けたワイシャツや練習で濡れたTシャツ越しの水着跡が、また周囲の男子のズリネタになるに違いないと武智は思った。
「うーい、真樹ちゃんよぅ。ここはお前のための給水所じゃあない。売店で格安で売ってるんだからそっちで買え……、と言いたいところだが良く来てくれた。塩飴あげるから、ちょっとよってけ」
「え、なんで? あたし今お昼賭けて茜とビーチバレーでタイマン勝負してるんだけど?」
「は? 茜と?」
牧村の言葉に思わず武智は驚愕の声を上げる。確か大生沢茜はまさに文字通り日が昇るまで、すっごんばっこんどころじゃない執拗なお下品セックスを武智と繰り広げていた筈である。すでに慣れっこの武智はともかく、あの情事をこなした上で、ほぼ睡眠無しで牧村と勝負中とは恐ろしいほどの体力である。悩みが解消された少女とはかくもありきと言うことなのか。体が気持ちよくなったら心も気持ちよくなってしまったのかと、武智は思案したものだが、まあ大事に至ってないならよしと彼はそれ以上この事を考えるのをやめた。そしてちょっとおいでと武智は牧村の手を引き耳元でささやく
「やん、ちょっと何すんのよ」
「ちょ、いきなり変な声だすな。てかさ、なんか俺見ての通り結城姉妹ズに警戒されちゃってるんですけど、牧村先生的に何か心当たりはありませんかねぇ」
「はぁ?」
「いや、そんなわけわからん見たいな反応しないでさ、マジでなんか知らない?」
と、武智に問われた牧村は武智と結城姉妹をまじまじと見る。確かに彼らの間には第三者からみても微妙な距離感と何かがおかしい雰囲気が漂っていた。おまけにこのクソ暑い海岸を上下ジャージで決めているという異常事態。神田佳奈美や真堂香のように男女の機微に聡い人物が見れば、なんとなくは察せたのではあろうが。
「日焼けしたくないんじゃない?」
と、男女の機微を察するなど、森の賢者に属する脳筋少女牧村真樹にとっては不可能に近いことなのであった。じゃーねー、と水と塩飴をかっさらって元気に砂浜をかけてゆく牧村はしっかりと報酬を得て旅立ってしまう。このテントに溢れる重い空気をそのままにして。
「……うーん、どうしたものか」
ちらりと武智は結城姉妹の方を見やる。するとどうもチラ見をしているのはあちらも同じようで、武智と視線があうなり彼女達は視線をそらした。
「ふむ」
その様子から推測をするに、同じ場所の空気も吸いたくないとか、生理的にダメとか嫌われている分けでは無いらしいと武智は考える。とするとあれかと。
「昨日の茜のハメ取りでクラスの友達がああも乱れてしまっているところを見せられて、しかも、その相手がクラスメイトの俺で、しかも挿入される生チンポをまじまじと見せてしまって体は疼くは、気持ちはキョドるはで、色々整理が付かないところに仕事でテントに行けば俺がいるし、とりあえず自分たちから相談した手前避けるわけに行かないし、意識していると思われても恥ずかしいし、でも私達の豊満でエロチックなダイナマイトバディーを前に急に盛られて襲われても困るから、とりあえず自衛がてらジャージ着込んでいっとくかーって、感じ?」
との武智の発言に、うっわー、というなんとも言えない落胆と、脱力した結城姉妹は、
「それ、そこまでわかってるのに真樹ちゃんに聞く意味全くないよね、ホント無いよね? あと疼いてないし、私達そんなビッチじゃないもん」
「ていうか、話しかけないで、妊娠しちゃう」
と、結城祥子と東子は武智に吐き捨てた。要は武智は性的に警戒されているのである。無理も無い。結城姉妹にとっては同じ相談者である友人が、昨夜あっけなく、ぱっくりと目の前の武智に食われてしまったのである。
「いやパックリ咥えてたのもアソコに咥えこんだのも茜であってだな」
という武智の言い分も
「そー言う意味じゃないし」
「ドストレート過ぎる。もうちょっとオブラートに包んでよ」
と、どうも噛み合わないのだ。だが、武智としては心外である。そう、彼としては、頼まれて大生沢茜の悩みを解決してあげた身なのだ。まあそれが身も蓋もないハメ取りファックであろうが、彼氏がいる女の子にオラついてどっちのチンコが気持ちがいいんだクルァと、バックでぱんぱんしようが、彼にとっては慈善行為である。それを否定的に言われては憤慨するのも無理はない。
「え、なんでや、茜は喜んで腰を振っていただろうが、最後の方なんてカメラ片手の俺にWピースしてたじゃん? 間違いなくラブラブ同意のセフレセックスじゃん?」
「ツッコミどころありすぎるんですけどー、っていうか、たけちーおかしい、色々おかしいってば」
「そもそも同級生をセフレにするな」
「え、なんで? バレなきゃいいじゃん」
武智は当然のように語る。それは決して本人以外には理解出来ない彼の行動哲学。有言実行が鉄の意志を持ち、鋼の強度をもって持続し続けるような武智光博の人生哲学。彼は自分が出来ないことは決して言わない。やると決めたら100%望む形で成功をさせてしまう。それこそ、手段を選ばずに。
だがしかし、結城姉妹は武智のそんな一面は知らないし、知り得ない。結城姉妹にとって武智の発言はただのチャラ男の台詞となんら変わらないであろう。
そう。
「大体同級生をセフレにするなってさー、真樹とも香ちゃんとも、もう何回もヤっているし――」
こんな発言を聞かなければ。
牧村真樹は、三年生の中田浩二と付き合っている。この噂はわりとすぐに広まった。やれあのくそ真面目君にも春が来たとか、よりにもよって牧村かよ、と影で狙っていた男子達の嘆きもあり、割と目立つキャラクターであった二人のカップル成立情報は、わずか数日で生徒全員が知るまでに広まった。
真堂香は、権野忠敏と付き合っている。結城姉妹は真堂香の存在を知らなかったが権野に年下の彼女が出来たということは知っていた。権野は過去の和泉との告白トラブルも相まって、牧村、中田ペア以上に有名人である。当然学校中でもその存在は知られているし、修学旅行直前で野球部内でバレたにもかかわらず、この短期間でもはや公然の事実となっている。
そんな二人と、何回も。
そう、何回も。
四月末から六月末までの二ヶ月という短期間で、何回も。
何回も。
結城姉妹の頭の中で、昨日の大生沢茜と武智光博の濃厚な行為がよみがえる。そして繋がってしまう。もしかしたら、いやもしかしなくても、あの夜の牧村真樹のあの話は、真堂香のあの話は、目の前のこの武智との行為の話では無かったのかと。よくよく考えてもみれば先日の話の主語述語は明確に明らかにされていない。というか若干ファンタジーな部分もあると思っていたのに。絶対に二人とも話を盛っているんだと思っていたのに。
昨日の大生沢茜と武智光博の性行為を見た今となっては、牧村や真堂の隠された番い相手が武智と考えると、妙にしっくりきてしまう。
しかもだ。
朝までとか、お尻とか、そういった行為を、この数ヶ月で、何回もしているのに。
――バレていない。
学校すら、部活動の部員ですら、友達の彼女はおろか、それぞれの彼氏にすらこの武智の影を掴ませていないという隠蔽度は、いったいどういうことなのだろうかと。
そんな思考中も結城姉妹の脳裏から、昨日の情事が再生され続けている。あんあんと、ぐちゃぐちゃという気持ちよさそうな、大生沢茜と武智光博の突発的で高校生には手に余るほどの淫靡な性行為を。
そして結城姉妹は気づいてしまう。
ああ、なんてことなのだろうと。
牧村真樹のあの体も、真堂香のあの心も、昨日の夜に見せられたように、武智光博に存分に舐られ、弄られ、そして犯されてしまっているのだ。そのくせ彼女と彼氏としての関係は一分も破綻していない、歪んだ関係がそこにある。牧村達が美味しいところをいいとこ取りしたいのか、単に気持ちが良いセックスがしたいのかどうかわからないが、彼氏彼女の関係と、セフレという関係という矛盾が両立してしまっている。
で、あるのに。
彼女達と目の前の武智光博は、そんな気配をおくびも出さずに。きっと昨日の大生沢茜みたいに、あの爛れた行為をずっとし続けてきたのであろう。
ごくん、と喉を鳴らしたのは一体誰のものだったか。そして、ある人物の心の中で決意の打ち鐘が鳴り響く。芽生えた気持ちと、暗い欲望が混ざりに混ざって生まれたうねりがその人物へGOサインを出す。
と、同時に、砂浜に一つの校内放送が鳴る。
同時に、誰にも認識されること無く、武智の指輪がぎぎっと鳴った。
『放送部二年生の結城祥子さん、今すぐ旅館受付まで来てください。電話が入っています。繰り返します。放送部二年の――』
それは何の珍しくも無い呼び出し。
家族か親戚か、はたまた他の誰かが彼女宛にかけた電話。
ただ、いつもと違うのは。
何かな、と立ち上がる結城祥子と。
行ってらっしゃい、とその場に座り続ける結城藤子。
学校でも、部活でも、トイレでも。家でも風呂でもベッドでもどこでもいつも一緒である筈の結城姉妹にあるまじき強烈な違和感。単なる呼び出しごとき一緒に行かないはずがないであろう二人の必然の歯車をずらす決定的な何かが、そこにあった。
「なんだろね? 行ってらっしゃい」
「う、うん。すぐ戻ってくるね。たけちーに襲われたらすぐ電話してね?」
「いや襲わねーから」
ぱたぱた、と手を振る藤子と不安げにその場を離れる祥子。何度もこちらを振り返りながら、結城祥子は宿舎へと消えてゆく。
そして――
「……これってさー偶然じゃないよねぇ、たけちー」
「まぁね、なんか俺と話したそうだったからさ」
この旅館の電子インフラは武智が管理しているといっても過言ではない。先ほどの呼び出しは武智がダミー音声を駆使してねつ造したフェイクである。こちらをちらちらと伺いながら宿舎に入る祥子を遠目に見つつ、結城藤子は話し出す。隣にいつもいるはずの人がいない、そんな状況に後押しされながら。
「あたしさー」
と、何気ない出だしで吐き出された“それ”淡々とした口調で、だがその内容はおどろおどろしく個人の欲に塗れたどうしようもない願望である。だがそれは結城藤子個人が今の今まで溜めてきた思いほんの一端。だが、それは紛れもない本心である。そう、結城藤子は今人生で初めて、彼女個人の思いを他者に打ち明けていた。――その瞳の奥に、やけにぎらついた光を宿しながら。
わーきゃーとした浜辺の喧噪に紛れて二人が交わした言葉はわずかで、過ぎた時間も数分である。その証拠にもう遠く目にも宿舎から引き返してくる結城祥子の様子が見て取れる。
「笑わないし、気持ち悪がらないんだね」
送り出した先ほどと同じく、遠目に祥子を確認しながら今度はお迎えの意味で手を振る藤子。
「別に笑うことじゃないし、気持ち悪くもないからなぁ。それにまあ――」
「まあ、……何?」
カタカタとキーボードの音が響く中、武智の瞳をのぞき込む結城藤子の視線に合わせることなく、端末の光をその目に写しつつ武智は応える。
「――純愛は、成就させてやりたいじゃん?」
その言葉を聞いた結城藤子は、目を丸くして、そして吹き出す。そしてバンバンと武智の肩を叩いて、笑い転げた。
「ぷ、あははははは!! あははははははははっ!!」
「いた、あたた、おい藤子ちゃん。女子にあるまじき剛力で肩を叩くのはやめろおっ」
テントに帰ってきた結城祥子はその様子をみて首を傾げる。
「……二人して何してんのさ?」
「ちょ、祥子ちゃんやい。ぼーっとしてないで、はよ止めろ、端末が壊れる、あと俺の肩も破壊されてしまう」
「あはははは、たけちー面白ーい、あははは」
結城藤子は愉快であった。さっき、何の気の迷いか。ずっとひた隠しにしてきた自分の本音を吐き出して、その途中すらでも後悔すら覚えたあの思いを、本人ですら戸惑い躊躇うどす黒い思いを、いったい何をどうしたら純愛なんて思えるのか。いやよくよく考えてみたら純愛かも知れないとも思えてきた。見方を変えれば確かに純粋な思いには違いない。
結城藤子は思う。”確かに、私は純粋に願っている”この破滅となり合わせの行為が成就すればなんて。だがそれを実現している同世代の人がこんなにも身近にいたとは思わなかったと。
中田浩二と付き合っていながら朝まで武智光博とセックスをしている牧村真樹。
権野忠敏と告白を受けておきながら武智光博にアナルを開発されている真堂香。
塔田巧なんて下級生と恋仲になっておきながら、武智光博に腰を振っていた大生沢茜。
武智光博。武智光博、武智光博。
きっと、みんなこの見た目唐変木がしでかした結果なのだと。
結城藤子の脳髄で恐ろしい勢いでカチャカチャと組み上がる、利己的ロジック。この男を利用すれば、私も自分が望む人間関係が作れるのではないかという結論に至るまで、そう時間はかからなかった。例え、矛盾と隣り合わせの関係でも。そう、既にやっている奴らがこんなにいるじゃないかと。
「ね、祥子。そろそろ私達も泳ごうよ!!」
ばしばしと武智の肩を叩いていた結城藤子が、立ち上がり、ジャージを脱ぐ。ジャージによって、封印されていたたわわな胸が解放され、ぶるんと夏の空気に触れる。
「ほらほら祥子も脱いで、後のことはたけちーに任せて、今日は遊ぼう、ね?」
「え、ちょっとやだ藤子脱がさないでよぅ」
ぐいぐいと、藤子にジャージを脱がされる結城祥子。祥子はテンションについて行けず、ちらちらと武智の視線を気にしている様であるが、藤子はお構いなしだ。
武智は、何もしていません、と頭を振りながら目の前で×マークを作るが訝しげな祥子の視線は相変わらずだ。
「あ、でもよー。姉妹ズが遊びに行くのは結構なんだけど、ここの持ち場はどうするのん?」
と、武智が学畜としての責任感を発揮すれば、
「だーいじょーぶ!! 高村君に声かけておくからー」
と、ビーチの景色へと二人は溶け込んでいく。あの谷間に二セットにお願いされれば、まだ婦女子に免疫が少ない高村後輩君も、むげには断れないだろうと武智は思いつつ、武智は夜に向けての準備を早々に始めることにした。
「流石に三日連続ファックは久しぶりだなぁ……」
とか、禄でもないことを呟きながら。
給水用のペットボトルの下にあるレッド○ルの缶を取り出し、ぷしゃっと開ける。
別に結城姉妹との約束はない。
だが武智は予感がするのだ。
「ういっす。武智先輩。応援に来たっス!!」
「おう、姉妹ズが遊びたいってわがままいうからさー、すまんなぁ」
「いえ、むしろいいもの見れたので」
「あ、やっぱ? あの谷間は保護されるべきだよなぁ」
なんて後輩高村秋継と、健全男子トークをしている側で、ピロン、と端末から音が鳴る。
『メッセージ:結城藤子』
「ほーらきた」
「なんか楽しそうッスね、武智先輩」
「わはは、高村後輩。そうみえちゃう? 仕事が増えただけなんだけどねぇ」
と軽口を叩く裏で、武智は人でなしな策謀をそのキーボードにたたきつける。人なつっこい笑顔を振りまきながら、迅速で、――正確に。
修学旅行三日目の夜に向けて、武智の指輪が人知れず輝き続けていた。