歪曲コミュニケーション

第16話 修学旅行 大生沢茜 結城姉妹⑤


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 六月末だというのに、さんさんと照り輝く太陽はまさに海水浴日和と言っていいだろう。連日の快晴で水温も上がっており、朝食を食べ終えた生徒は、我先にと白い砂浜へ飛び出していく。一日目は午後からだけであったが、今日からは一日中好き勝手に遊べるのだ。一週間近くの時間と機会を与えられた生徒はそれぞれの目的を持って散っていった。

 さて、繰り返しになるが西秋中高校はその名前は平凡であるが、その教育方針は他の公立高校どころか私立高校さえも一線を画す、"自由"な高校であることはご存じであろう。当然属する生徒達がこの数日間おとなしくしているわけも無い。

 二日目からはビーチと宿舎との間にパイプテントが居並び、生徒達による、生徒達のための売店が並んでいく。この修学旅行を「遊び」よりも「商売」の実践の場と考える生徒達による出店群であった。彼らは仕入れを旅行前に済まし、別便で発送し、そして一日目を仕込みに消費することで、二日目からの出店を可能にしたのである。

 たこ焼き、焼きそば、お好み焼きなどの粉ものを初めとして、かき氷、ドリンク、はたまた遊具や日差し対策のグッズまでよりどりみどりだ。初日に大人気であった川村先生のジェットスキー牽引によるバナナボートなどは、いつの間にか生徒にマネジメントされてしまい、行列ができる一番の興業となってしまっている。この炎天下の中一日中ジェットスキーを運転するのも中々しんどい作業のようだが、うら若き水着姿の女子高生達にきゃいのきゃいの囲まれるわ、もてはやされるわで鼻の下が伸びっぱなしなので大した労力では無いのかも知れない。

「いやー二日目にしてようやっとうちらしい風景になってきたなー」

 初日と同じく、パイプテントの中で放送設備と共に監視員のお仕事にいそしむ武智が呟いた。

「そだねぇ、私達が一年生のころはあんな裏があるなんて思いもしなかったからなぁ」
「ていうか、海がまぶしすぎて。ぜーんぜん気づかなかったよ」

 その武智の呟きに反応したのは、同じく放送設備を管理している結城姉妹である。

「わはは。アイツらここで稼いだ金を元手に夏休みに海外とか行くからな。まあ来年やりたいヤツはやるだろうさ。この学校の伝統みたいなもんだ」

 例えば一学年が一クラス三十人で五クラスだったとしよう。二学年分で三百人。この修学旅行はその三百人がそれぞれ数千円から数万円のお小遣いを持って集まる場なのだ。本来は宿泊地に落とされる金であるのだが、本校理事長の太っ腹な精神と膨大な財力により、宿舎とビーチは自前の貸し切り、旅費も学校持ちというこの状況。帰りのお土産などに使われる分を除いても大部分が娯楽と浪費に利用されるのは間違いない。そこに目を付けた向上心類い希なる商魂たくましい一部の生徒が出店を出すという状況にあいなった。当然出店には申請が必要で、テントや燃料の貸し出しや、税務上の申告などは学校が一部噛んでいるのだが。そんなぐだぐだ話をしながら武智はスピーカーのボタンをポチりと押す。

「あー、こらこら。そこのゴミをポイ捨てしたヤツ、ちゃーんとゴミ箱に入れ直せー、じゃないと内申点から引いちゃうぞぉー?」

 学蓄こと武智光博がこの学校の最高権力である理事長とツーカーなのは周知の事実である。心当たりのある生徒が急いでゴミを拾ってゴミ箱へと入れ直す。

「ねぇねぇ、たけちー全部見えてるの、すごいね」
「うんにゃ、定期放送の一部。とりあえずいっとけってヤツ。やるとやらないとじゃ清掃効果が結構違うんだよね」
「うっわ、ずっるー」

 割と自然に進む会話に、昨日の酒盛りで色々ぶっちゃけたせいなのか、少し結城姉妹の心が開いているのだろうかと武智は思う。相変わらず水着の上にはTシャツを着ていてガードは堅そうであるのだが。そんな中、武智達の前にふと影が落ちる。みれば一人の少年が目の前に立っていた。

「チワッス、結城先輩。今日も設備番ですか。お疲れ様ッス」
「あー、高村クンだー」
「そうだよ、お疲れー、あんまり肌焼きたくはないしねー」

 そのやり取りから、どうやら高村と名乗る少年と結城姉妹は知り合いらしいと武智は認識した。彼の顔立ちをみる。割とイケメンの部類に入るであろう高村の顔に武智は何か引っかかるような気持ちになる。何処かで見たことがあるような、無いような、といった風情で首を捻る。

「あ、武智先輩もご無沙汰ッス」
「……はて?」

 高村は礼儀正しく、武智に向かって頭を下げた。しかし、武智はどうにも目の前の高村という少年が思い出せない。どこかで見たような記憶があるものの、顔と名前が一致しないのだ。その様子を察して、お隣の結城藤子が助け船を出す。

「たけちー、たけちー。高村君はさ、たけちーの新聞部に入れなくって、放送部に流れてきた子なんだよー?」
「お、あー!! あの、あれだ、あれか、あの君かー」

 その藤子の物言いで、武智はようやく頭の中で記憶の糸がった。そして思い出す。入学式初日に部室へ押しかけ、武智に入部を懇願したヤケに体育会系色が強い一年生のことを。

「うわ、たけちー酷い」
「高村君、いい子なのにね」

 結城姉妹がやんやかんやと騒ぎ立てるが、当の高村は『いや、もう済んだことッス』、とわりとサッパリなご様子である。そんな様子を気にするまでもなく、武智は口を開いた。

「んー。新聞部これは元々俺が俺のために作った俺用の居場所だからな、佳奈美先輩とかの"関係者"とか、部室に入り浸っているゴンとか牧村みたいな"仲間"とか、佐藤氏のような"臨時手伝い"はいれど、メンバーを増やすつもりはこれっぽちも無いから」

 と、武智は言い切る。実際、かの部室には表に出せない佳奈美関連の映像や写真がたんまりあるし、武智個人の蒐集物や最近のものでいえば、ぶっちゃけ香や牧村のハメ取り動画がケース単位であるので、とても他人を気軽に入れられるものでは無い。

「あ、その台詞懐かしいッス。そういって俺も断られたんスよね。自分、将来ジャーナリスト系目指してますし、一から媒体作ってスポンサーまで獲得した武智先輩をほんと尊敬していたから、あのときはすっげぇ悔しかったんスけど。あの神田先輩が部室をホテル代わりにしてるとか、実際あの後いきなりドア越しに行為が始まったっていうか、もしかして武智先輩と神田先輩がいたしてる途中で、間が悪かったかなとか色々思い返して、そのうち校内の神田先輩の武勇伝とか、武智先輩と理事長の関係とか聞いた日にはもう諦めていましたから」

 と、そこで武智がぽん、と手をうつ。

「そうそう、まさにそれなんだよ。万が一君が入部していたら、間違いなく最初の仕事は佳奈美先輩と俺との3Pで、俺とは穴兄弟になってた筈だな、わはは」

 大変良く出来ましたと、言わんばかりに武智はばちばちと手を鳴らした。口から出た台詞は身も蓋もないお下劣なものであったが。

「はは、そういうプレイは男の夢ッスけど、実際目の前にすると果たしてチャンスを逃したのが良かったのか悪かったのかは解らないッスね、先輩とご兄弟ってのもちょっとアレッスから」

 うわははは、と男同士の下ネタトークが進む中、結城姉妹の目が細まる。二人は一瞬目を合わせ、そこでどのような情報交換ないし意思確認を済ませたのかは解らないが――

「こ~ら~、女子の前で下品な話しないのー」
「高村君ってそういう趣味だったの。へぇ~?」

 一瞬にして仮面を被り仰せた結城姉妹が、呆れた目で女の子がいる場のTPOのなんとやらを、武智と高村にご高説したのであった。

 それらの言動を、高村はその通りに受け止める。
 すんません、とかいいつつ素直に結城姉妹に謝っていたりする。

 だが、昨日の猥談のせいか、武智はなんとなく結城姉妹の気の持ちようがわかってしまう。

 きっと、結城姉妹は探しているのだろう。
 彼女らに都合が良くて、
 彼女らを尊重してくれて、
 彼女らと関係を持ってくれる、
 便利な道具のような存在を。

 武智は考える。結城姉妹の恋愛観は生まれ落ちてから今までで完成してしまっているのではないかと。もはや彼女達はお互いの存在無しで人間関係を想像出来ないし、想像しようともしていない。その点で武智は彼女達を軽蔑しないし、気持ち悪いとも思わない。

 武智は知っている。

 そこまで成長してしまった気持ちはどうしようも無いことを知っている。無限に湧いてくる衝動を、無理矢理抑えることの愚かさを理解している。軽蔑などはないが同情はしている。

 だから結城姉妹は探しているのだろう。その心の中に苦しみと悩みを孕みながらも、
 既に完成してしまっている彼女達の恋心を、なし崩し的に受け入れてくれる存在を。

 ただ、やっかいなのは――、そう。やっかいなのは。
 おそらく。いやきっと高い確率で、

 彼女達は、素直に自分たちを受け入れてくれる存在を求めていない。
 彼女らは、今だに性経験が無く、そのような本音を明確に言語化出来ていないだけで。
 彼女らの気持ちを、赤の他人に伝えていない故に具体化できていないだけで。

 結城祥子は結城藤子が世界で一番大好き。肉体関係だって厭わない。
 結城藤子は結城祥子がこの世の何よりも一番大好き。一生一緒に生きていたい。

 そんな、彼女達の閉じた世界を。
 一方的に、優位性を保ったまま、受け入れさせることができる存在を探している。

 相手のことなどお構いなしに。
 その無害そうな顔立ちで、
 その蠱惑的な体つきで、

 この目の前の高村秋継という一年生を、仮面の下で品定めしている。心の舌でぬろぬろと舌なめずりをしながら吟味している。

 そんな、二人の少女に対して、武智は少しだけ興味が湧いてしまった。
 そして、彼は考えてしまった。

 もし――、もしもだ。万が一だ。
 自分が結城姉妹に手を出したとしよう。肉体関係を持ったとしよう。

 ずぐん、と。武智の中で暗い欲望が疼き出す。
 結城姉妹と高村秋継の変わりにセックスをする。

 のではない。
 違う。
 この男が考えるのはそんな生やさしい事ではない。

 武智は考えている。
 こういうのはどうかと。

 結城姉妹と、高村秋継の関係を応援してあげようかと。
 そのために、結城姉妹の二人を丹精込めて仕込んであげるのはどうかと。

 思ってしまった。
 そう、思い描いてしまった。

 高村が好きそうな要素を集めて結城姉妹の関係を密にするお手伝いをしてあげて、
 もちろんデートスポットや、相手に贈るプレゼントなんかも至れり尽くせりのプロデュース。

 一ヶ月も経てば高村と結城姉妹は友達以上恋人未満の高校生らしい甘酸っぱい関係へと昇華させてみせる自身が武智にはある。

 そうしたら。

 武智光博が結城姉妹に仕込んだキスで、高村秋継を籠絡するお手伝いをしてあげよう。
 武智光博が結城姉妹に仕込んだフェラで、高村秋継を喜ばせるお手伝いをしてあげよう。
 武智光博が結城姉妹に仕込んだパイずりで、高村秋継を満足させるお手伝いをしてあげよう。
 武智光博が結城姉妹に仕込んだ腰使いで、高村秋継を骨抜きにしてしまうお手伝いをしてあげよう。

 武智光博が、さんざん突いて、かき回して、
 なんども、なんども――。
 なんどもなんどもなんども、中で出だされて柔らかく開発してあげた結城姉妹のアソコで
 高村秋継を、半端なことでは彼女達から離れられなくしてあげようと。

 それはまるで、カーテン越しに結城姉妹をバックで激しく突き込みながら、祥子の尻を叩き、藤子のアナルをくちゅくちゅ弄び、目隠し状態の高村秋継の一物をぺろぺろと舐めさせてるイメージ図。

 高村は美人姉妹にぺろぺろされて気持ちがいいし、
 結城姉妹は、巧みな性行為を持って高村に対して優位性を保つことができるし、
 武智光博は、とても満足できる。何より彼自身の心の渇望を埋めることが出来る。

 武智は自分自身に問いかけるようにこの考えを反芻する。いやなに、俺には一時。彼女達が自分と関係を持っていたという関係があればいいさと。別に、ずっと結城姉妹と体の関係を続けなくても自分は満たされる。高村と結城姉妹がお付き合いを続ける限りは、武智光博という人間は、一時の過去の所有感さえあれば、ずぅっと。癒やされ、満たされ続けるのだ。

 武智の指輪が何度目かの光を放ち、ぎぎっと何かが歪み始める。
 こんな、荒唐無稽でばかげた提案をまるで祝福するかのように。

 だがしかし、待って欲しい。

 良く考えて欲しいのだ。常識で考えて欲しいのだ。いくら結城姉妹が前述したような、一般とはかなりかけ離れた恋愛観を持っていたとしてもだ。それを結城姉妹自身が、異常である認識していようとも。

 実際、武智光博の結城姉妹に対する推測はほぼ当たっているといい。彼女達は彼女達を今の彼女達のまま受け入れてくれる誰かを探している。

 しかしだ。

 高校二年生の、うら若き少女が。一晩の猥談と秘密共有をしたとはいえ、明らかに他人である武智光博という存在に、そこまで気を許すだろうか。"よし、利害一致ね、それじゃぁ私達にエッチを仕込んで!! これで初うぶな一年坊をもめろめろよ♡"なんて考えに同意して体を開くであろうか。

 無理である。
 現実感が無い。
 説得力も無い。

 武智光博という男の立ち位置は、結城姉妹にとっては、若干高村秋継より近いかも知れないが、大局的に見ればあまり変わらないのだ。結城姉妹にとって、武智光博という存在は、自分たちが抱き、捨てられない歪んだ恋愛性癖の理解者にたり得るかも知れないという存在に過ぎず。体を許すほどの存在であるわけ無い。

 そもそも、結城姉妹が体を許しても良い存在とは、結城祥子にとって結城藤子以上であり、結城藤子にとって結城祥子以上に大好きで、信頼できる存在に他ならない。

 断言しよう、そんな存在はなどいるはずがない。

 そもそも、そんな存在がいたら、彼女達姉妹の関係が変わってしまうからだ。そんな存在は最初か矛盾をしているのだ。だから結城姉妹は異性間の関係という道程において、"仲の良い友達"から前へ決して進むことが出来ないといってもいい。

 気持ち的には収まりがつくのであろう。彼女達の恋愛関係は二人でお互いに完成しているのだから。お互い誰が一番好きなのかが解っているのだから。だが、性別と身体のわだかまりは残り続けるのだ。第二次成長期を迎えて、特に体が割と熟してしまった結城姉妹は、男女のセックスという、

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 正常な折り合いの付け方が、己の価値観的に許せない

 どちらか片方が、誰かに抱かれるなんて考えられない。
 なのに、成長した体は男の匂いに何処かうずうずし出しているという矛盾。

 故に彼女達は苦しいのだ。
 悩んでいるのだ。

 だからこそ、結城姉妹はその気持ちを何処かで吐き出したかったのだろう。そしてそれが昨日夜の発言だったのであろう。笑い話に交えて、慎重に、世の中の常識に排斥されすぎないように、明確な異物と認識されないように。同じような体つきの大生沢茜をメンバーに誘ったのも、少しでも自分たちに近い存在を場に紛れこませようしたことだろう。

 結論的に言えば、結城姉妹は異性で武智光博に昨夜、多少の理解を得たことで、目的は達していたのだ。学校一経験豊富で、神田佳奈美の性的ペットで、かなりアブノーマルなプレイも何のその、ともっぱら噂の武智光博を指名し、愚痴を言える程度の友人を確保したことで、矛盾の破綻を先延ばしにすることができたのだ。当人達にとっては、"少し話せて気が楽になったよ~"ぐらいしか感じていないであろうが。


 だが。
 だが、である。


 武智光博という男は、本当にどうしようも無い男である。
 故に、


 だから、今夜の事故のような出来事が起こってしまう。結城姉妹の矛盾と諦念が混ざり合った複雑怪奇な価値観を。幼い頃、結城姉妹がお互いに初めて気づいてから、慎重にそして大切に育んできた彼女達の恋愛観を。今宵大変碌でもないものに染め変えられ、上書きされてしまうなんて思いもよらなかったであろう。




 修学旅行二日目、午後十時三十七分。昨日の続きの相談をしたいと、大生沢茜が関係者以外立ち入ることの出来ない機材室にやってくる。昨日大いに盛り上がった部屋へとやってくる。

 だが、今回は一人だ。今からやってくるのは結城姉妹ではない、大生沢茜である。
 そう。今回の鍵となる人物、大生沢茜は一人でこの部屋へやってきた。

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