歪曲コミュニケーション

第13話 修学旅行 大生沢茜 結城姉妹②


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 そんなこんなで西秋中高校修学旅行の一日目である。東京西多摩郡から貸し切りバスで数時間、到着と同時に主任教諭である高藤の、

「はい、解散、十九時の夕食まで自由行動」

 の一言と共に、元気いっぱいの十代少年達はクラスという垣根を越えて友人達と思い思いの場所へと繰り出していく。彼らの位置情報は常に体温感知式のGPSで本部に送信され、指定区域外へ出たりしないように、管理されている形である。

 ちなみに装置を外したりした生徒には理事長ルールという厳格で絶対的な処罰が適応され、この学校にはいられなくなる。当然生徒達はそのルールの重さを理解しているので、この決まりはきちんと守られる。自由という権利には厳しい義務が発生することを彼らは入学以降の短い間で、教師陣や先輩達からみっちりと刷り込まれているのだ。

 それでもやんちゃする生徒はいるのだが、大概は5月までに退学になっている。この学校は反骨精神を否定はしないが、反社会的な存在は徹底的に駆逐する方針である。私立高校ならではとも言える理事長の自由な教育方針が遺憾なく発揮されているのだ。今のところそれらは特に社会問題にもならず、半ぐれや不良生徒という存在はこの学校には無い。だがしかし、

「べつによー、悪さしてもいいけどよー、世間様とか俺らにわからないようにやれよなー、それなら何をしてもいいよ別に」

 という理事長ほんにんの発言を見る限り、この教育方針が善意や規範などと言った所からほど遠い所にあるのがわかるのであるが。


 閑話休題。


 六月末ではあるが、記録的な猛暑続きである今夏、目の前に広がる青い海原と白い砂浜を目にして、目をキラキラさせた少年少女達に泳ぐなというのは拷問に等しい行為であろう。そもそも、この修学旅行での生徒における大半の目的は海・飯・青春である。特にクラスという垣根が取り払われた今回の修学旅行は、このさわやかな夏の開放感の中、水着で一緒に遊ぶというイベントを経てカップル成立を目論んでいる生徒達は多い。

 と言うわけで、六月末日。遊泳開始期間には数日足りないが猛暑のせいで水温も気温も十分真夏である。さらに学校所有のビーチであることもあり、初日から解放されたビーチには我先にと生徒達が殺到した。

 そんな中、

 仮説のパイプテントの中に麦わら帽、サングラスにタオルを首巻きしたおっさんの様な格好をした武智光博がポチリと機材の『全体放送』のボタンを押し、マイクに向かって声をだす。

「あ゛~そこのバナナンボートではしゃいでる少年少女と川村先生、もうちょっと右端でやってください、危ないです。それとイルカちゃんにしがみついてる君ー、流されてるぞー、制限ブイを越えないように気をつけろよー。あとお前ら水分はしっかり取れよ、できれば水じゃなくてスポーツドリンクな。海なめんなこのやろう。気分が悪くなったら白い本部テントに来るようにー、冷たいおしぼりと日陰が君を待っているぞ。はい、定期放送終わり」

 そう言い切って再びポチりとボタンを押して、武智は放送を切る。周囲から笑い声と共にまじめにやれーなどとヤジが飛んでくるが、彼憮然とした表情は崩れない。変わりに大きなため息を一つ。

「はぁ~、なーんでですかねぇ、なーんでですかねぇ、教師すらジェットスキーできゃっきゃうふふと、遊んでいるというのにですよー? 一生徒であるこの俺がなーんで監視員のまねごとというか、これがっちり監視員ですよこれ。なんなのこれ。ほんとになんなの」

 そんなぶつぶつと呪詛の低周波を垂れ流している横で、姦しい声がステレオで聞こえてくる。ちなみに本部には少ないがちゃんと教師陣も詰めているので完全に生徒オンリーというわけではない。

「そんなこと言っている割には中々に板についてるね、武智君」
「そうそう、いい仕事っぷり」

 武智がぎぎっと首を横に捻るとそこには結城藤子と祥子なる双子がニコニコしながら笑っていた。本部の放送機材の準備とセッティングで初日に狩り出されたらしい。二人とも大きめの唾の帽子にだぼT+ショートパンツというガードを固めた格好であるが、下に水着をしっかりと着用している。なぜそれがわかるかというと、そのだぼだぼでサイズが二回りも大きいサイズであるはずTシャツが胸の所でこんもり盛り上がり、その薄い布の向こうにある水着の柄が薄らと透けているからだ。それを横目にみながら武智は口を開いた。

「……まあ、去年もやってたからねコレ、理事長命令で」

 ビーチに人が集中するのは初日と二日目までである。三日目とも成れば疲れ果てて宿でぐうたらしている生徒も少なくない。ジェットスキーやら、浮き輪やらボートやらボードやら飛び込み台やらと、色々と用意はされてはいるが、一週間の長丁場を海だけで過ごす猛者は今も視界の端のビーチコートでゴリラスパイクを決めている牧村真樹と体育会系の仲間達ぐらいであろう。彼女らを放っておけば、沖の無人島まで遠泳とかしかねない人を超えたなにかである。マグロやサメの様に動かないと死んでしまう体の構造なのかもしれない。とか武智がぶつぶつ呪詛混じりに呟いていると、

「そ、それはいいすぎだよ……」

 と結城藤子が呟く。同時に、この炎天下の中、衰えることを知らぬ動きで、どっせーい、というかけ声と共に牧村真樹のジャンプサーブが相手コートを切り裂いていた。

「訂正、そうかも」
「あー、でも真樹ちゃんあれ大丈夫かなぁ」

 結城藤子が発言を撤回すると同時に隣の結城祥子が不安げな声を上げる。まあ牧村真樹の豊満なお胸がスパイクやらレシーブやらハイタッチやらのついでにぷるんぷるん揺れているのだ。しかも水着はビキニというサービスっぷりである。このままではスパイクよろしく周囲の性欲をもてあましている男子の下半身の水着も切り裂きかねない勢いなのだが本人は気づいていない。ついでにパートナーは同じバレー部で負けず劣らずの乳力を持つ大生沢茜である。集客能力は巨乳同士の相乗効果ですさまじいものとなっているだろう。

「あーあー……こりゃ中田先輩がいなくて良かったなぁ、こんなんじゃアイツが海にいる限り気が気じゃねぇ、写真とか撮られる前に手を打っておくかな」

 そんな事を武智が独りごちていると、武智の本部テントに向けてパタパタと見慣れた人影がやってきた。

「あ、先輩。お疲れ様です。お水と冷凍おしぼりいいですか? 友達がちょっと暑さでやられちゃって」

 トレードマークのポニーテールを揺らしながらやってきたのは真堂香である。露出が控えめなセパレートの水着であるが、彼女の性格からするとおへそを出してくるのは中々踏み込んだ選択だった筈だ。じっとりと視姦した後に、ふと本来香がそれを見せる相手がそこにいない事に武智は気づく。

「あっれー香ちゃん。ゴンは一緒じゃないの?」

 と、武智は問いかけると、真堂は少し残念というか呆れたというか、なんとも言えない表情で、

「えーと……その、連れてかれちゃいました、裏切りの罰だそうです」

 聞けば修学旅行直前で野球部の面々に香ちゃんと付き合ってることがばれてしまい、嫉妬の炎に染まった彼女いない歴=年齢の男子部員に、解散の合図共に何処かへ連れ去られたそうだ。武智はノートPCをパカリと開け、GPS情報を見ると権野は飛び込み台にいる事がわかった。遠目になんどもざっぱーんと高飛沫を上げている所をみると、今まさに刑の執行中であろうか。武智は心の中で頑張れ親友と、何の役にも立たないエールを送り、香におしぼりと、水の変わりにキンキンに冷えたゲータレードのペットボトルを二本握らせる。

「ほい、香ちゃん。熱中症じゃ水よりこっちの方がいいな、何心配は要らない、ここは海だ、催しても心置きなく――」

 と言ったところできゅっと首にかけていたタオルを香に締められる。

「か、かおりちゃん? 割と苦しい、いやととても苦しい、タップ、タップ、ギブギブぎばーっ」

 ぱんぱん、と武智が香の肩を叩き、それを受けてゆっくりと彼の頸動脈も解放された。

「何か仰られました先輩?」

 かわいく首を傾げる香に、武智はああ、この子も根っこは体育会系だなとか思いながら、ゲータレードのペットボトルを追加した。

「あ、あとあそこのビーチコートではしゃいでいる森の賢者ゴリラコンビにこいつを着せてやってくれない? 拒んだら、このままだとこの旅行中アイツらずっと男子の頭の中で犯され続けるぞ、って言ってやれ」

 と、武智は学校のロゴマークが入ったTシャツを香に持たせる。

「あー……、なるほど。ここに中田先輩がいなくてよかったですね」

 遠い目でビーチコートとその周囲に集まる野次馬達を見ながら香は呟いた。そんなわけでよろしく、と敬礼をして送り出す武智に香はわかりました、といってぱたぱたとかけていく。ぷりぷりと小気味よく揺れるお尻が実に健康的だ。

「……権野君に彼女ができたって噂本当だったんですねぇ」
「……しかもかわいいし、なんというか艶々しているし」

 後に何か続きそうな、訝しげな雰囲気をまとわりつかせながら結城姉妹が呟く。香が艶々しているのは、また別の理由もあるのだが。そんなことは彼女達が知るよしも無いことである。

「あー、そうだ。この際だから丁度いい。今日の集まり香ちゃんも呼んじゃだめ? 一応彼氏持ちの女の子だし、真樹ちゃんも俺ちゃんも知っているし」

 その武智の発言に対して、結城姉妹はお互いに見つめ合い、何で?という顔で武智を見る。

「いや、だってさ」

 そして武智はにやりと笑い、握り拳を作り、中指と薬指の間からぐっと押し出す。

「どうせこっち方面のご相談でしょ、経験者は多い方がいいと思って」

 結城姉妹はその卑猥な形の拳を見ながら、

「うわ、武智君どん引きなんですけどぉ」「けどー」

 とジト目で武智から距離を取る。……取ったのであるが。

「ちょっとまって武智君」「……今」「け、経験者って……」

 結城姉妹が焦った表情で武智に躙り寄る。そう二人は確かに聞いたのだ。「経験者」と。下級生で、年上の彼氏持ちで、経験者で。結城姉妹の暗い呟きと共に彼女らの心にある年上のプライドという急所にざくざくと矢が刺さっていく。

「……ま、まぢで?」

 ばっとビーチコートへ向って小さくなった真堂香を見た後に、ぎぎっと、いう音が鳴るような首の動きで武智へと振り返る結城姉妹。

「……その反応怖いから。そんなに興味あるなあら今日の夜に直接本人に聞けばいいじゃん?」

 先ほどとは逆に少し引き気味の武智に対して、

「是非に」
「何卒」

 と、結城姉妹がにじり寄る。

「いや、キャラ変わってるでしょ君たち。しかし二人そろって、そんなぼいんぼいんなお胸様をお持ちなのに、がっつかれないとは君たちの彼氏は賢者様なの? どっかの仙人なの?」

 武智がにじり寄る結城姉妹の顔から下へ視線を下げる。たぼTの大きく開いた首元からたわわな谷間が彼の視界に収まっていた。

「う、うっさいなーもう、みんなよスケベ武智ぃ……」
「そうだよ、ただじゃないからね、セクハラ武智ぃ……」

 何時の間にやら武智君から武智呼ばわりに何か不本意なものを感じながら、今や大観衆と化したビーチコートのギャラリーの前で右往左往している香を見て、彼はまたマイクのボタンをONにするのであった。

「あー、マイクテス、マイクテス。そこのビーチコートでぶるんぶるんと、元気よくお胸を揺らしてる痴女二名。今夜男子の夜の食卓に並びたくなければ、今すぐ近くの可愛いくて健康的なエロさを醸し出す野球部マネージャーからTシャツを受け取り、着用しなさい。これは命令である。――あー、繰り返す――」

 ざざっと、大観衆が割れ、視線が香に集まり、

「ほう」
「これはなかなか」
「よいものでござる」

 など、セリフが飛び交う中で、ようやく事態に気付いた牧村真紀と大生沢茜が周囲の視線に気づく、そして顔を真っ赤にしながら散れエロガッパ共ーとかいいつつ、ギャラリーにスパイクをたたき込むなど、中々カオスな空間ができあがった。できあがったギャラリーの道を顔を伏せながら、ぱたぱたと香が走り、Tシャツを牧村と大生沢に渡すことに成功する。

「よし、ミッション成功」

 そんな中水着姿を一斉に視線に晒されるという辱めを受けた香が、なかなかやりますね先輩、などと、顔を赤らめて小さく呟いたことは秘密である。

「んで武智君、君はいったい何をやってんのさ……」

 元のテンションに戻った結城藤子が武智に問いかける。

「ん? 仕事よお仕事。整理員も警備員もいない学校イベントの自由時間であんだけ一所に人が集まったらトラブルも起き兼ねないからさ、こーいうのは早めの解散と熱抜きが必須なのよ」

 先ほどとは打って変わって真面目な声色で武智が話し出す。そのうち盛り上がった男同士で、肩ぶつかったとか、ぶつからなかったとかで喧嘩とかならいい方で、ギャラリーの中には女子だっているのだ。お互いに薄布一枚の中で大勢の男子と少数の女子。そりゃレイプなんざはおきようもないが痴漢騒ぎぐらいは起きてもおかしくない。そんなちんけな騒ぎが初日おきた日にゃ、あと一週間をどうやって楽しめというのか。

「だからこうして有耶無耶にしてやって解散させれば万事OK、これも大事な仕事なわけよ」

 と遠い目をしながら、語る武智。

「うわ、どうしよ。意外に大人すぎる返しがきた」
「……でもさー、その大人なたけちーはこの状況は予想できなかったの?」

 そういって武智から再び距離を置いた結城姉妹が引き気味に呟く。今、武智光博の目の前には、その仕事とやらの対価として乙女の恥じらいを強制的に差し出す事になった、少女三人、いや鬼三匹が仁王立ちで立っていた。

「アレ、ナンデミナサンオイカリナンデスカ、ボクハチュウジツニオシゴトヲコナシタダケデスヨ?」

 そんな武智の弁明も鬼と化した牧村達の暗黒の微笑みでいなされる。

「お勤めご苦労、それじゃ褒美をやるからちょっとつきあえクソ光博」

 と牧村真樹が武智の右手をがっしり掴み。

「人を痴女扱いしておいて随分なご身分じゃないか武智。あ、死刑希望か、そっかそっかー」

 とにこにこ顔で大生沢茜が左手をぎっちりと掴む。

「あ、先輩。監視員の仕事はお任せください。しっかりとやっておきますので」

 と、武智の場所にちょこんと香が座り、その涼やかな声で全体放送のマイクをONにする。

「はい、臨時監視員です。ただ今より一番高い飛び込み台は貸し切りとなります。あ、野球部の皆さんもそろそろ権野先輩を許してあげないと、夏の練習日でドリンクに塩水まぜちゃいますよー」

 そんな真堂香の放送でどこか遠くでチッという舌打ちが聞こえたが、まあそんなものであろう。結城姉妹と真堂香は、遠く響く武智のぶっはぁ、という悲鳴と空高くあがる水しぶきを見届けつつ、そして大生沢茜と牧村真樹は、武智のその様子を高笑いしつつ、初日の昼を満喫したのであった。

 そして――。

 武智と五人の少女の、一日目の夜が始まる。
 今夜も人知れず彼の指輪が怪しく輝く。

 きっと、ただではこの旅行は終わらない。
 そんな予兆であった。

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