さて、突然ではあるがこの物語の舞台である私立西秋中高校の修学旅行は二回ある。数多の学校法人や国公立が経費削や効率化を目指してコストをスリム化する流れとは真逆を行き、二学年同時の旅行を二回行うという贅沢ぶりだ。もちろん三年生ともなれば受験や就活シーズンでもあり、さすがにそういった全体行事は無い。というわけで本校の生徒達は一年生と二年生に一回づつ修学旅行という名の学校主催のイベントに参加することになる。
ちなみに費用はほぼ学校持ちという景気のいい話とは裏腹に、場所は国内で伊豆という地味ッぷりではあるのだが、透明度の高い美しい内海に一流旅館顔負けのクオリティを誇る学校の宿泊施設に加えて、貸し切りビーチと実に奔放な環境が提供されるこのイベントは、西秋中高校きっての人気イベントであった。
だがしかし、費用はタダでもその他諸々はタダでは無い。旅行、そして宿泊というイベントには必ず計画性が求められ、そして一応の限られた予算がある。もちろん最終的には経営者である大人が決定する事ではあるのだが、この修学旅行のプランを立てるのは生徒自身であるということだ。もう少し具体的に言えば現二年生である。
移動の手配やら現地のスケジュールやらを初めとして、食事の献立やらその仕入れやら、めんどくさい裏方の計画を全て生徒にやらせるという無茶ぶりである。もちろん手が回らない部分は学校側がサポートするのであるが、理事長の方針で生徒に任せる部分には、監督を除いてよっぽどのことが無い限り一切学校側は手をつけない。この一大イベントが楽しくなるもぐだぐだになるのも生徒次第という、なかなかえげつない仕様なのである。
さらに別な側面から見れば、この旅行は二年から一年へ向けた接待旅行でもあり、次はお前らが同じ事をやるんだぞ、という引き継ぎに儀式なのだ。当然要所には大人が入ってしっかりと組み立てるのだが、基本は生徒主体である。去年などは飲食に関しては仕入れから調理、給仕に至るまで全て生徒によって行われる始末である。当然その世代に実務のスペシャリストの卵達が多くいたからであるが、いくら取り扱い免許を持っている大人がいたからと言って、最終日には河豚刺しまで出てきたのはこの学校の暴走度合いの象徴とも言えよう。
かといって何でも生徒がやっているわけでは無く、生徒が主催できる役割は限られている。基本的に施設は固定、ビーチは貸し切りという事もあり、生徒が主催する部分は、飲食、行動計画、安全管理、旅行内イベントと特化しているのが実情だ。そして上級生の歓待を受けた一年はその旅行終了後から次はホストとなるべく計画を立てていくのだ。
そして、今年の武智達の代はというと上に上げられた中では一番生徒主催がやりやすい旅行内イベントなのだが、学蓄と称される武智には例によって理事長《スポンサー》から無理難題を押しつけられていた。
「よう光博、ちょっとさぁ、大人の負担を減らす仕組み考えてくれね? お前前新しい洗濯機を欲しがっていただろ? プラン次第で最新のドラム式にしてやるよ」
有無を言わせぬその要求に表情を苦くする武智であったが、そういえば牧村や真堂が武智の部屋へちょくちょく来るようになってから自分以外の洗濯物が増えてきて、少し煩わしさが増えたのも事実であり、はアナルやらなにやらの開発も進めているので汚れ物対策の手間が軽減されるというのであれば、武智にとって願ってもない条件であった。快諾である。
「オッケーです。できればごりごり落ちるミ○レのでいいですか」
「ああん? お前、これ五十万もするじゃん。一人暮らしで必要かこんなもん? こっちの日○のにしとけや。第一いくら広めとはいえお前の部屋に入らんぞ、こんな化け物洗濯機」
「あ、それじゃそれでお願いします」
と、それでも二十万という洗濯機としてはあり得ない価格なのだが、それに理事長が気づいたのは後の話である。武智にしてみれば理事長のそういった性格を知った上での交渉術なのだが、その一ヶ月後に、体温感知式のGPS端末とロケーション機能を利用した全生徒の追跡・管理システムを理事長と教師陣の前でプレゼンし、監督にかかるリソースを大幅に減らしかつ、夜間の監視をシステム化することで、教師陣の宴会時間を増やし、かつ浮いた予算で高級な酒も飲めるんじゃないですか、という大人がうんとしか言えないような姑息な提案を行い、渋い顔の理事長とこのプランで盛り上がる教師陣をよそに、彼は無事ほくほく顔で最新式のドラム洗濯機を手に入れたのだ。
「と、言うわけで武智のおかげでお前らの自由行動枠は本当の意味での自由行動に近いものになるが、ハメを外すんじゃないぞー。必ずGPSバンドを着けて行動するように。ちなみに外してずるをした生徒は強制送還だ。これは理事長ルールだから気をつけるんだぞ? 誰もお前らを擁護せんからな。ちなみに緊急事態を知らせる機能もついてる、説明とテストをするから――」
時は進んで六月十七日。一週間の修学旅行前日のクラス説明である。本来であれば集団による行動制限がかかる自由行動であるが、行ける場所は限定されるもの、クラスごとや班ごとの移動ではない、クラスを超えて友人レベルでの本当の意味で自由な散策が許可されたのである。
「ね、ね。光博、あの話。もしかしてこれと関係ある?」
今月から隣の席になった牧村が、武智へとこっそり耳打ちした。
「おうよ、偽装の準備はばっちりだぜ。なんせ俺が管理者《アドミ》だからな。部屋も機材置き場に使うって最上階のVIPルームを確保した。教師陣への差し入れの酒もキッツい奴用意しといたしな、抜かりはねぇぜ? 面子は誰と誰に決まった?」
「うわぁ、あんたほんとにえげつないわね。えーとね、あたしと茜。知ってる?大生沢茜(おおさわあかね)」
「知ってる知ってる、あのタッパも胸も両方ある、彼氏にしたい女子ナンバーワンの奴な」
「……それ、本人の前で絶対言わないでよね、命の保証はしないわよ」
「おおう、バレー部仕込みのスパイクビンタは食らいたくねぇ。てか俺的にはあいつに彼氏がいること自体が驚きだが」
今武智と牧村がこそこそと話をしている内容は、女子の間で密かに計画されている修学旅行中に行われるとある会合の事である。それはお年頃の女子の中で、親密なグループの内々のさらに内々で密やかに行われている集まり、
彼氏持ちの女子会in修学旅行
少女とはいえ一人の女。しかし一人の女といえども少女なのだ。彼女らに悩みは腐るほどある。だが、とりわけ処理が難しいのが恋の悩み、そしてその恋が成就した後の恋愛の悩みである。それは心と体が交わるディープでコンプレックスな悩みであり、親友というカテゴリでさえ、気安く相談するには非常に高い壁が存在する話題で内容によってはこれまでの関係が壊れることもある。
だから年頃女子は産みだしたのだ。情報の守秘と漏洩のリスクを同じ状況ならばフィフティフィフティ。バラしたらアンタの彼氏にもバラしちゃうぞという道連れ精神と妥協というせめぎ合いの果てに、彼氏持ち同士集まって性の悩みやら体の悩みやら、セックスの悩みやら彼氏のチンコの愚痴やら腰使いやらという、お下品談義を公然と行える場を。
そして、この度その主催を務めることになった年上彼氏を持つ牧村真樹を窓口として、参加者である女子一同は何故か武智光博のゲスト出演を要望したのだ。内々で開催されてきたこの集まりに男を呼ぶとはどんなディープな話題を語ることになるのかと武智は内心うんざりしていたのだが。
大生沢茜。男勝りな性格と外見で女子のくせに男子力が高い彼女であるが、決して顔の造形は悪くない。むしろ普段の彼女が時折見せる女の顔とのギャップで男子にも隠れファンは多くいる。おまけに胸もでかいし腰からお尻に掛けても見事な曲線を示している。影ながら彼女を夜のおかずにしている男子は決して少なくない筈だ。そんな大生沢茜に彼氏がいるという。そんな状況に武智光博の食指が動かないわけがないのだ。
「で、あと何人いるんだ、その集まりとやらには」
「あと二人。結城ちゃん達」
「それって、放送部の結城藤子(ゆうきとうこ)と祥子(しょうこ)?」
「そ、双子のね」
結城姉妹は本校放送部に所属する、ドが付くほどの仲良し姉妹であり、いつも二人一緒に行動し、お昼もトイレも一緒。そして部活の放送すらも二人でハモって行うという筋金入りのシスコン姉妹だ。クラス分けをする事すらも憚られる空気を醸し出し、無言の圧力で教師陣に二年のクラス替えで一緒のクラスになるようあの手この手でアピールし続け、それを勝ち取った猛者でもある。ちなみに武智はちらりと後ろを見ると、結城姉妹が揃ってこちらを見て手を振っているのが目に入った。
「あいつらって彼氏持ちに入るの?」
「いやいや、ちゃんといるから」
「男の?」
「うん、年下だって」
またまた武智の知らない新情報である。まだまだ情報収集が甘いなと反省しつつ。武智は牧村の胸へと視線を落とした。
「な、何よ」
「いやぁ、なんというかさぁ、類友?」
牧村真樹、大生沢茜、結城藤子、祥子。
誰が見ても、どうみても、男子学という欲望の分類において、問答無用で霊長類ヒト科美少女群巨乳属の分類に入る生物であった。