歪曲コミュニケーション

第8話 真堂香④


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 真堂香の教師からの評価はすこぶる高い。礼儀正しく、落ち着いた立ち振る舞いを心得、他者への面倒見も良い。成績は中の中と振るわないが、職業点(西秋中高校の中で専門性を表す成績指標)は高く、部活動は熱心で委員会にも参加する。聴けば家では共働きの親に変わり弟三人の面倒や家事なども行っているとのことだ。

 一方クラスメートからの評判はちょっと悪い。やっかみが多いというか、真堂香は学業や家族のために生活時間の大半を取られているせいであろう。必然的に級友達との接点が少ないのだ。得体の知れないクールビューティーというか集団にわざと入らない一匹狼というか、そのせいなのかは分からないが悪い評価は同じクラスの同性から多く、接点の少ない異性や委員会や部活などで付き合いのある他クラスの生徒から比較的好ましい評価が多い。

 ちなみにこれらの情報は武智光博が高校生に似つかわしくない情報収集能力持って自身で集めた情報である。

「総合すると、ドが三つ四つ付くほどの真面目ちゃんで、なお且つ我が道を行く。でも家族には優しい一面も?」
「――それ、野球部の宣伝ビデオのこと関係ないですよね」

 武智が披露した真堂香評は、どうやら彼女にはあまり好評ではなかったようだ。二人の目的は目下この目の前に流れている部活宣伝ビデオの最終チェックである。音ズレはないか、ノイズはないか。クライアントである野球部に対して業者の位置づけである武智が検収を依頼する。そんな社会の縮図がこの校内では常識的に各所で行われていた。OKの書類をもらうことで、武智の責任は果たされ彼は職業点という評価を手に入れ、あとは野球部が教師のチェックを経て、公開し利用して、彼らは良質な部員を手に入れる為活動を行うのである。

 この業務委託のようなやり方が当然のようにこの学校には根付いている。いや、根付かせたといってもいいだろう。社会の常識というか会社という利益団体の常識をそのまま教育の場に詰め込むところがこの学校の特色であり、理事長のポリシーである。

 ――閑話休題

「いや、あのー、ツッコミとか否定とか罵ったりしてもらえると俺としては助かるんだけど」

 どずん、と重くなった空気の中で武智は隣に座る真堂香へと話しかける。彼の持ち味は軽いフットワークと笑いと皮肉を込めた会話のコミュニケーションである。マシンガンのような言い合いなら何とでもなるがこうもザックリ切られるのは少し苦手だ。

「いえ、別に少し腹立たしいですけれど、概ね間違っていませんし、よくもまあお調べになられましたね、って感じですね、……なんですか? 先輩。そんな苦虫でも噛み潰したような表情で私を見て、頭でも撫でてほしいんですか?」

 と、その物言いに明らかに『めんどくせぇ』と顔に書いてある光博の表情を確認しながら、にこやかに香は答えた。

 対して武智は少し疲れた様子で髪をがしがしとしながら口を開く。

「いや、ちょっと驚いた。香ちゃん割とタフなんだねぇ」
「……メンタルが強い生意気な後輩は嫌いですか?」
「んにゃ、君みたいなのは生意気って言わない、大人びているっていうんだよ香ちゃん」

 大人びてる、そのように評された彼女の本心はどうだろうか。武智は横目で彼女が軽いため息を吐いたことに気づくが、そのままスルーをすることにした。


 指輪が、怪しく光る。
 ――が、今はただそれだけだ。


 そして、動画内容の検収もそろそろ終わるだろうというころ、武智はおもむろに時計を見やる。時は18:55分、野球部の練習も終わり、権野もここに来るころであろう。

「――さて、こんなもんか、遅くまでありがとね、香ちゃん」

 んぎぎ、と武智は身を伸ばし身体をゴキゴキとならしながら席を立ち、部室の冷蔵庫を開けて、何がいい?と真堂香に問いかけた。

「それじゃ、午後ティーのミルクをいただきます」

 との香の言葉で、おーいお茶を取ろうとしていた武智の動きがピクリと止まる。彼女を振り返れば目ざとく身体を傾けて冷蔵庫の中身をチェックしている。

「そうか、俺のミルクをご所望か、くれてやるからちゃんと上目遣いで飲むんだぞ?」
「――そうですね、大事に少しずつ口に含んで飲みますね?」

 と、間髪入れずに可愛らしくない返しをする香。下ネタにも対応とは中々高性能な後輩であるなぁ、と光博は思いつつ、ミルクティーを香に渡し、椅子に座り――。


「さて、香ちゃん」


 ――と、口を開いた。


 彼、武智光博から出た言葉は、野球部二年生権野忠敏にまつわる話である。それは良いことも悪いことも。二人でやんちゃな悪さをしたことも、馬鹿な青春をしたことも。女子をからかって顰蹙を買い二人で謝ったことや、彼が野球に掛ける情熱、そして、去年のゲロ事件も含めて――。それは権野忠敏とはどのような男か、と客観的視点を含めながらも、彼を取り巻く一人の友人として忌憚の無い、むしろ好意が滲み出るような――、そんな言葉で語られた。

 真堂香が途中で話を中断しなかったのも、話半分に武智の言葉を聞き逃さなかったのも、武智が淡々と話すそのことが、権野の為になるであろうという気持ちがなんとなく香自身に伝わったためだ。

「――と、まあそういうわけでな」

 光博が言葉を一旦切り、香を見る。
 彼女は少し思案しており、そして少し顔を赤らめながら、

「はぁ、そう来ましたか……。ちょっとびっくりしました。ということはこの後に何かイベントが用意されています?」
「うん、されてるされてる。でもまだ時間があるだろうからさ、ご質問など承りますよ、香様」

 まだ時間がある、そう聞いた真堂香は少し落ち着いたようで、あ、と何かを気づき、そして武智に質問を返す。

「さっきの権野先輩のことなんですけれど、」
「うん」
「……なんか、当事者の私が聞かないような方がいいことも入っていた気がしましたけれど……、何故でしょう?」

 ああ、そこね、と武智はぽん、と手を合わせる。香は聞かない方がいいこと、と自分が思っていた事が間違っていなかったことに安心をするが、疑問は消えない。

「まあ、俺が言うのもなんだが、あいつは色んな意味で裏表がなくてな」
「――武智先輩と違って、ですか?」

 そう真顔で突っ込む真堂に武智は一瞬引きつるが、すぐに続けた。

「ほっとけ、――で、どうせ今言った内容はどうせばれるというか、そのうち香ちゃんに伝わる、でもな、あいつは裏表はないがちゃんと考えてるんだ。それは決して一方からや局所的に見ただけじゃ伝わらないからな……」
「去年の伝説の告白の件、とかですか?」
「そうそう、いやー、あの誤解を解くのは大変だったなぁ、もう男女入り乱れての学年大戦争にまで発展しかねかったからな、だが重要なのはそこじゃない」
「今、権野先輩と泉先輩、仲いいですよね、凄く。……その、友達としてですけれど」
「そういうこと。ゴンの……いやあいつの良いところはそういう所であって、まあなんだ長くつきあわないと分からないというか、スルメイカのような味わいというかだな」
「……はあ、なんとなくは理解しました」

 真堂香の手に持つミルクティーがいつの間にか半分ほど無くなっていた。時計の針の音がチクタクと部屋内に響く。そして、遠くから段々とこの部室へと足早にかけてくる足音。

「――ふふ、まさか私がこんな青春するだなんて思いもしませんでした」
「いいんじゃない? 青春。ただ今回の場合、もう一人でかい弟を抱え込む事になるかもしれないけどな」

 そんな光博の冗談に初めて香は表情を崩す。
 その笑顔は端正な彼女に似つかわしい美しい笑顔であった。




 だが、武智光博はまだ、その笑顔を良い笑顔だ、と思うだけだ。
 それも当然、彼女は真堂香はまだ誰の物でもないから。
 だから武智光博は執着しない。
 武智光博は誰の物でもない宝石は興味がない。

 だから、まだ、今は、何も起きない。

 取り返しのつかない何かが起こってしまう舞台は、ここではないのだ。




「さてと」

 と呟き、武智は立ち上がる。

「それじゃ香ちゃん、あとよろぴく☆」

 と、ゆっくりと部室の入り口に向かい、ドアを開く。そして、ドアの外に着いたばかりの彼の親友におせーよ、と一声掛けて彼は親指で部室の中を指した。促されて権野が部室へと入ってくる。部活後、いそいでシャワーを浴びてきたのであろう。彼の短髪は未だ湿り気があるようで、照明に照らされて水滴が反射した。

「さてと、どうなるかねぇ」

 武智は、万が一の邪魔が入らないように外でドアに寄りかかりながら親友の命運を祈るのであった。


 さて、部室に展開された青春空間の中で、まず最初に行われたのは体育会系の慣例である。

「権野先輩、お疲れ様です」
「おうお疲れ真堂。こっちこそ動画のチェック任せちゃってすまなかったな」
「いえ、こういうのはマネの仕事ですから、お気になさらずに、動画の方はOKです。武智先輩って巫山戯た性格の割に仕事には忠実なんですね」
「おう、ミツ……、じゃない武智は仕事の腕だけはいいからな」

 そして、真堂は手に持っていた完成品を権野へと手渡す、二人の手がそっと触れ合うが――。

 チキンでへたれな権野忠敏は残念なことにそこで行動を起こせなかった。おそらく隠し部屋の中で様子を覗いている牧村と神田の間では権野の男子力ポイントの低下についての論議が行われているに違いない。

「権野先輩、武智先輩は出て行ってしまったので、少し待たせていただきましょうか、さすがに開けっ放しにしておくのも失礼ですし、……ね?」

 と、真堂香は応接用のソファにそっと座る。その際ちゃんと隣を開けているあたり、彼女は空気が読める良い後輩であると言えよう。ただ、問題は権野がどこに座るかなのであるが。

 当然隣に座るべき、というのが牧村真樹の意見であり、
 隣に座って手でも握ってさっさと告白しちまえ、というのが武智光博の意見であり、
 隣に座ってべろちゅー☆からのせっくす☆というのが神田佳奈美の意見である。

 だが、そこで対面に座ってしまうのが権野忠敏という男であった。ここまで権野忠敏の男子力の株価はストップ安なのだが、当の真堂香に彼の姿はどのように映っているのだろうか。自分の隣を避けて、緊張の面持ちで対面のソファに座る権野を見て、ふと、真堂は一つのことに気づいた。

 それは権野の表情である。

 いままで見たことのない権野忠敏の追い詰められた表情。それが何を意味しているのか、分かってしまったのだ。権野にとって今や告白というイベントはかなりトラウマを刺激するイベントであるのだろう。なんせ、去年はそのせいで酷いことになったのだ。今は解決したとはいえ、詳しい事情を当時はいない真堂香が知るよしもないし、告白前に話すことでもない。となれば権野忠敏は独力でその過去を超えなければならない。

 小さな子が嫌いな食べ物を克服するように、
 彼は今自分の過去を超えようとしているのだ。
 対面に座ったのは万が一の嘔吐に香を巻き込まないためであろう。

 ――あいつは裏表がないけどちゃんと考えているんだ。

 真堂香の脳裏に武智の言葉がよぎる。
 なるほど武智光博の権野忠敏評は的を射ていると。

 真堂香は考える。
 要は単純そのままに考えれば良いのだ。
 権野忠敏は単純に真堂香のことを考え対面にすわり、そして過去のトラウマと立ち向かってでも、この告白を執り行いたいのだと。

 彼女の中で少量であるが、ふと温かな何かが生まれる、それは恋愛というか母性に近い物でもあったが、他者を思う気持ちというベクトルには違いない。情報量が違うだけでここまで目の前の人物が違って見える物なのかと彼女は考えて、そして目の前で頑張っている権野に、ちょっとだけ意地悪をしてみたくなってしまった。

「――顔と身体」

 ぽつりと、真堂が呟いた。
 それは、真堂が武智から聞いた事の中で、当事者が知らない方が良い情報。それも昨日の夜に武智が本人から仕入れた権野の極秘クラスの本音である。

「権野先輩は、私の顔と身体が好きなんですか?」

 と、真堂香は手榴弾のピンを抜いてぽんと目の前の権野忠敏に投げ渡した。
 思わずごほほと、咳き込む権野。そして、一言。

「――いや、違う、違うぞ真堂」

 そして一息。

 次に出る言葉はこの告白の命運を担う一言である。
 肯定してもどん引き。否定しても嘘つき。
 それに対して権野忠敏の男子力はどっちの答えを選ぶのか。

「――俺は、お前の顔と、身体も、好きなんだ!!」

 目の前できょとん、としている真堂香に向けて、権野は更に続ける。

「毎日弟さんの面倒を見て、大変そうな顔をするけど、嫌そうな顔を一つもしないお前の顔が好きだ。その上マネージャーとして野球部のみんなに分け隔てなく接する態度も好きだし、お前の陰口を言う奴がいてもお前は決して言い返さない所も好きだし、キツい仕事もサボらない所も好きだし、なんていうかそんな頑張るお前をみてると元気がでるというか、俺より年下なのにすげぇなって思ったり、そらまあやましいことも考えたが――」

 気づけば権野は対面に座る、真堂をしっかりと見据えて、

「考えたが、なんですか?」

 そして、真堂香の最後の疑問にたいして答えを告げる。

「――まあ、高校二年生ってそんなもんだろ? 好きな子の身体は好き、そらエロいことは全てじゃないが、興味をもって悪いことでもない」

「――それは、私の身体で勃起しますってことでいいんですか、先輩?」

 振り絞った筈、やりきった筈の権野を、突然真堂のカウンターが襲い来る。青春色に染まっていた筈の権野の視界にビシリとヒビが入り、モノトーンの世界へと変化していき。

「……あ、うん」

 と、頷くしか選択肢がなかった権野にどうしようもない結果が突きつけられる。ドラマティックな告白劇が、俺、お前で勃起できるんだぜ、という下ネタコント世界に早変わり。

 この結末はきっと、武智にも、牧村にも、神田にも、権野本人にも予想できないものであったろう。

「――まあ、私の平均以下の身体を好きと言われるのは悪い気はしませんね。いいですよ忠敏先輩、まずはお友達からちょっと進んだ所からはじめましょうか?」

 そう、誰も予想しなかったこの結末。

 実況アナウンサーがいたら、きっと大きな大成功のテロップと共にこう、吟じるであろう。おめでとう権野忠敏君、君は確かに成し遂げたのだ、と。

「え……えっ……あ、こっちこそ――」

 真堂香が立ち上がり、そのままちょこんと権野の隣に座る。
 と、同時に外で聞き耳を立てていた武智が勢いよくドアを開け、

「ダメだ、香ちゃん――、それ以上は」

 と、権野の口からえろっぱと、色々漏れ出したのは同時であった。それは、真堂香の他愛ない意地悪のしっぺ返しでもある。権野は告白という過去越えはは成し遂げたが、香をこの災害に巻き込まないという彼の気遣いは無に帰した。

 ただ、今回の件は修羅場にはならない。

 真堂香は自分がやり過ぎたと分かっているし、権野の気遣いにも気づいている。
 権野忠敏は全てを正直に打ち明けて、確かに返事をもらった。

「中々お似合いだよ、お二人さん――」

 と、武智は笑いながら呟いた。

 さて、凄惨な修羅場にはならなくても、この場はこの場で大惨事である。隠し部屋から大爆笑しながら出てきた神田佳奈美も、なんだかくたびれて出てきた牧村真樹も、リバースのことなど気にもせずにてきぱきと権野を解放する真堂香も、幸せそうな顔をして嘔吐いている権野忠敏も、決してこの部屋から逃がすわけには行かないのだ。武智は後ろ手で入り口のドアをしっかりと封鎖しつつ、彼は悪魔のような笑顔で、ここにいる者たちへと命令をする。

「さーてお前ら、場所貸し料にデバガメ料に、香ちゃんは、えーと自業自得な? ……ちゃぁんとキレイにするまで貴様らこの部屋からは生きては返さんぞぉおおおおお!!」

 と酸っぱい臭いを放つ高級ソファに涙しながら、武智光博は一匹の清掃の鬼となるのであった。




 そして、真堂香を巡る物語はゴールデンウィーク最終日へと移る。権野忠敏と真堂香、中田浩二と牧村真樹、武智光博と神田佳奈美という千葉のテーマパークでのトリプルデート。そこで彼らの関係は再び捻れ、繋がっていくのだ。

 ギシィと、何かが捻れ歪む音がどこかで確かにしたのだが、誰もその音を認識することはなかった。

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